#1 駄作の推敲(堕落の邂逅)

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#1 駄作の推敲(堕落の邂逅)

1 「もういいや」  退屈そうに男が言う。  背広に拳銃でも隠し持っていそうな、いかにも反社会的な風貌をしている。  そいつは、僕の一世一代にして、乾坤一擲、血と汗と涙と脳汁と時間を限界まで費やした魂の玉稿を、リノリウムの床に投げ捨てた。  バサリーー。  僕が得たモノは賞賛の言葉でもなく、ましてや叱咤の言葉ですらなく、無機質で無遠慮な、紙の束が床に落ちる音だった。 「一言で言えば、つまんねぇ。二言で言えば、つまんねぇうえに読みにくい」  辛辣な言葉を吐きながら男は、背広の内ポケットに手を伸ばす。無骨な拳が引っ張り出したブツは、黒光りする拳銃ーーではなくて、電子タバコだった。 「個室とはいえ、病室でコイツは吸えねぇか」  舌打ちすると男は、口惜しそうに電子タバコをポケットに戻した。 「親の仇を見るような目で俺を見るのはよしてくれ。ま、桜井せんせーの熱意は認めるよ」  男は腰を落とすと、床に散らばった紙を拾い上げ、ベッドのサイドテーブルの上で、トントンと紙の端を粗雑に揃える。 「四日連続の徹夜を敢行し、綴った文字数はザッと十万字。書き終えるやいなや、救急搬送。なるほど。並大抵の努力では、こうはならない。でもさ、このギョーカイ、熱意や努力だけでは、どーにもならないことぐらい、わかってんでしょ?」 「熱意や努力こそが、作家にとって最も大切な礎だということぐらい、アンタには分かってるはずだろ?」 「そりゃあ分かるさ。俺はこのギョーカイ、せんせーよりもずっと長く身を置いてますからねぇ。暑苦しい思想や信条はあまり好まない性分だが、せんせーの言わんとすることは大いに理解できるし共感もできる」 「ならーー」 「熱意や努力は作家にとっては大切だが、読者にとってはどうでもいいモンだ。この御時世、せんせーの泥臭い根性主義が染みついた作品では、百万部やアニメ化といった未来は狙えねーよ」 「だったらアンタは、僕に何を書けとーー」
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