第六章

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死んでしまった。唯一の心の拠りどころが。 また会えると思っていた。いつか会いにきてくれると。そう思っていないと壊れてしまいそうだったから。 思いだす。あのとき最後に見た啓太の表情を。「心配しないで」というメールの内容を。 そして想像する。ホテルの一室で、首を吊った啓太を。その死の直前、啓太はきっと……笑っていたにちがいない。 「うぇっ……!!」 思いだし、想像して理解した瞬間、こみあげてきたものを吐きだした。なにも食べていなかったからか、胃液しか出てこない。まだ出てきそうになり、直人は泣きじゃくりながら両手で口を塞ごうとした。しかし、それを吉沢に阻止される。 「出せ、全部!」 出てくるものは我慢せず吐きだしてしまったほうがいい。目の前で吐かれても嫌な顔ひとつせず、しっかりと直人の目を見る吉沢。 嗚咽が漏れる。吉沢に対する申し訳ないという気持ちと、啓太の死による喪失感が混ざりあう。そしてまた吐いた。 汚れた床に蹲りながら嘆く。 もう会えない。会いにきてくれない。もう二度とあの手で痛めつけられることはない。……いや、違う。直人は理解した。啓太は自分を見捨てたわけではないと。啓太の死には、大きな意味がある。 自分が死ぬことによって、直人に永遠の痛みを与えたのだ。 自分がいなくなれば直人がどうなってしまうのか、啓太にはわかりきっていたはずだ。 だから最後にあの表情を見せた。自殺はあのとき思いついたのだろう。 できない。もう生きていけない。啓太がいない世界でどうやって生きていけばいいのかわからない。だから……。 「死なせて」 「な、直人……」 「だめなんだよ! あの人がいないと! なにもできない……怖い、怖い怖い、できないできない……」 頭を抱えながら同じ言葉を執拗に繰りかえしている。 直人の言う「あの人」が誰なのかはわからない。……いいや、正直思いあたる人物はいるが確証はないし、当たっていたとしても今どうにかできるわけじゃない。 今は直人を落ちつかせるのが最優先だ。吉沢は直人の肩に手を置く。下を向いていた直人が、びくっと体を揺らし反応した。
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