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「一人? じゃあ、アイツは客とそう言う関係だったってことか?」 「違います! プライドを賭けて……待っているんです。ナンバーワンホストの地位を守るために、それを揺るがす客を跪かせるために……。お願いです。今は黙って見守って貰えないでしょうか。下っ端の俺が言っても説得力ないけど、ここはひとつ! お願いしますっ!」  深々と頭を下げた剣斗をしばらく黙って見つめていた店長だったが、呆れたように大きなため息を一つ吐くと、彼の肩をポンと軽く叩いた。 「――今夜のVIPルームのチャージ、お前の給料から引いとくからな。まったく……気まぐれな女王様にも困ったもんだ。ちょっと甘やかしすぎたな……」  隣りに並ぶマネージャーにチラリと視線を向け、店長は各テーブルの客に謝罪の意味を込めてシャンパンを振る舞うことを決めた。  様子を窺っていたホスト達が一斉に動き出し、バーカウンターへと向かう。固唾を呑んでいた見守っていた客も、ホッと肩の力を抜き各々に煙草やグラスを口に運び始めた。 「すいません……」  小さく謝ったマネージャーではあったが、その口許には厳しさはなく、むしろ楽しんでいるかのように見えた。 「剣斗。あとは頼みましたよ」 「はいっ」  背筋を伸ばして敬礼した彼のお尻に大きなワンコの尻尾が見えたような気がして、マネージャーはクスッと肩を揺らした。  その頃、VIPルームでは静夜が何本目になるか分からない煙草に火を灯していた。  テーブルに置かれたクリスタルの灰皿には吸殻が積み重なり、周囲には灰も散らかっている。ホストの基本中の基本として灰皿の取り換えは入店当時に厳しく指導される事ではあるが、今はそんな余裕はない。  静夜から「セック|スしたい」と誘われれば、我先にと客がここを訪れるものだと信じて止まなかった。  しかし、足音どころか人の気配さえも感じない。  何度も足を組みかえ、重厚な木製のドアがノックされるのを黙ったまま待ち続けていた。
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