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「どうして<つがい>なんてものが世の中にあるんでしょうね」
沈黙を破った灰谷はひとりごとのようにつぶやいた。その目はすでに遠く前を向いている。
「蔦川さんにもいるんですよ。それもあの人いわく、<運命>だとか」
「……聞いたことがない」
「ええ、結婚もしていないんです。出逢ったときにはもう、その相手は身体を動かすことも、言葉を交わすこともできなかったから。――重度の遺伝疾患です」
ミラー越しに灰谷の目元が曇るのが見える。
「その人は長い間闘病していましたが、先日余命三ヶ月と宣告されました」
失っていた自分の半身をたぐりよせた瞬間に足元が奈落へ崩れ落ちる、そんな感覚を想像し身震いする。声を上げることすらできない俺に灰谷はふっと笑みを向ける。
「室長にとって、シンの存在は奇跡に思えたでしょうね。その上、あのアルファ。彼らは他の純血種のような遺伝疾患は現れないどころか、本来の獣人がもつとされる高い治癒能力がある。でも、彼らのような純血種が生まれる秘密を明らかにできたところで、たった数ヶ月で何かができるようになるわけじゃない。そんなことわかりきっていたはずなのに……シンが来てから、すべてが変わってしまった」
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