一.

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一.

 両手で大きなボストンバッグの取っ手を握り締めながら、私はゆっくりと顔を上げた。  クリーム色の塗り壁で出来た小洒落た門をくぐると、同じ色の一軒家が私を出迎えた。何処かレトロで、ファンタジーの世界から飛び出してきたような可愛らしい三角屋根のお家。落ち着いた朱色の屋根と、縦長に仕切られた色とりどりの窓ガラス。家の周りには、最近咲き始めたらしい淡い紫色の小さな花が、やや背丈の高い木の枝先に花をつけていた。  眩しいほどの真っ白な扉には、花と同じ紫色の文字で「LILAC」と書いてある。その扉の横につけられたインターホンを押す。すると、程なくして中から人の気配が伝わってきた。 「はいはぁーい。君が今日からここで暮らすことになっとる、キヅカちゃんやなー」  言うのが早いか、扉が開くのとほぼ同時にひょうきんな声が飛んできた。しかし、開いた扉の向こうには誰もいない。     
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