時雨月(1)

4/5
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 眼を病んでから、帯刀は昼間から於菟二の躯を求めるようになった。本人は見えないのだから昼も夜もないのだろうけれど、真昼の縁側で裸にされる於菟二としては堪ったものではない。荘の庭は未だ萩の花で埋め尽くされていて、於菟二は抱かれている間、否が応でも萩や野菊を見ることになる。否、見られているという方が正しいやもしれぬ。そうでなくとも近頃来客が多く、昨日などは最中に煙草売りが来て焦った。けれども帯刀は平気なふうで、恥じ入る素振りはまるでない。 (見えねえってのは、剛気になるってことなのかい?)  困ったものだと文句を云いつつ、実はそれほど嫌ではない。帯刀の心も躯も独り占めしていることが、於菟二には嬉しくてならない。早く良くなれと願う一方で、治らなければいいと思う。病が癒えたら、これまでのように一緒にはいられなくなる。そのことを思うと、於菟二の心は沈むのだ。 (火急の用って、なんだろう?)  慌ただしかった朝を思い起しつつ、疑問に思う。お役目なら、これまでのように配下の者を通わせれば良いではないか。読み書きもままならぬのに、お役に戻るなんて性急すぎる。思ったとき、雨幕に煙る道向こうから若い女の悲鳴が上がった。 「下郎、なにをする!」  続いて年配らしき女の剣呑な声が飛び、水しぶきを上げて走りだした駕籠舁を、声の主とおぼしき初老の女が追いかける。     
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!