時雨月(1)

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時雨月(1)

 降り出した雨が、稲刈りを終えた田圃を濡らす。 (ついてねえ……)  飛び込んだ(くぬぎ)の下で、於菟二(おとじ)は恨めし気に空を見上げる。  長月(ながつき)(旧暦九月・現代の十月)に入っても、名賀浦(ながうら)は一向に秋めいてこない。朝晩こそいくらか涼しくなったものの、昼間は汗ばむほどの陽気である。朝顔も萩も未だ咲いているし、宵には蛍が飛んで、日のあるうちは蝉まで啼く始末だ。風雅を好むものは名賀浦のだらだら夏を嫌うというけれど、夏から秋への移ろいを淋しく感じる於菟二には、しつこく咲きつづける朝顔も萩も、長生きの蛍も蝉もいじらしく健気に感じられて、人が言うほど嫌ではない。そんな於菟二が大切にしていた朝顔の鉢が、今朝がた野良猫に落とされて割れてしまった。いつもなら猫のいたずらを警戒して縁台になど置かないのだけれど、今朝はいささか勝手が違った。     
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