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視線が痛い。
「ったく。やっと連絡してきたかと思ったらパーティーの同伴、って。」
明らかに怒っている。顔を上げられず、ひたすら手元のコーヒーカップを眺める。お陰でカップの縁の小さな欠けまで見つけた。
「先輩、そういうのなんて言うか知ってます?」
「あ、あっと……なんて言うんだ?」
「考えなし、ってゆうんですよ。」
返す言葉も無かった。
玲香の誘いを断りたいばかりに相手もいないのに口から出まかせの言葉を吐き、進退窮まってこうやって後輩に無理難題を押し付けている。
さすがに自覚があるだけに言い訳も出来ない。
この場の沈黙とは真逆の、店に流れるアップテンポのBGMが肌を刺す。
「申し訳ない……。」
目を上げられずにいる大崎の耳に小さいため息が聞こえた。
「貸しはデカイですよ。必要経費はしっかり払って貰いますからね。」
「引き受けてくれるのか?」
テーブルの上に身を乗り出した大崎に対し、翔子が両手を突き出して彼を制した。
「今回だけですよ。」
明らかに不承不承という表情だったが、彼とっては正に女神に見えたのだった。
「で、詳細教えてくれます?」
「これなんだが。」
こめかみを揉む翔子の前に招待状を置いた。
面倒くさそうに中身を開いた彼女の言葉を静かに待つ。
元々我慢強い質ではあるが、その時間が全く苦痛ではなく逆に時間が経つほど満たされる感覚が全身を覆った。
「受勲記念のパーティーかぁ。」
そのつぶやきで大崎は現実に引き戻された。
「ドレスは俺が用意するよ。時間が無いから既製品の寸法直しで申し訳ないが。」
いつも母親が使っている店に連絡は入れてある。翔子の都合のいい時間で構わないと了解を貰っていた。
「あー、それはいいわ、手持ちで対応するから。お願いするとすれば送迎かな。」
思いもよらない返事に大崎が戸惑った。
「勿論送迎は俺が責任を持ってやる。だが手持ちって……」
「大丈夫、先輩に、いや先輩のご家族に恥をかかせるような真似は絶対しないから。」
大崎の不安を先取りしたような言葉を翔子が紡いだことで却って挙動不審に陥る。
「だから心配ないって。迎えの場所は改めて連絡するから。じゃ今日はこれで失礼するね。あ、ここはもちろん先輩持ちだよね、ごちそー様でした。」
大崎が言うべき言葉を考えあぐねている間に翔子は席を立った。
「あ、まっ……。」
振り返った先にはもう彼女の姿は無かった。
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