夏が近い。

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金曜日、その日は爽がドアをノックした。 「お変わりないですか?いるものはありますか?」 「変わりはないし、いるものもないわ。今日もジョーは朝に帰るの?」 「そうなると思います。店の店員が二人辞めるので補充しないといけないのです。 面接があります。従業員として雇ったら、住む所も世話をしますし、従業員は大事にしていますので。」 「お店、やってるんだね。」 「では、何もなければこれで失礼します。」 「あ……。」 「何か?」 「明日は、誰が何時頃来る?あ、あのね、お昼寝とかしてるかも…。」 爽は不思議そうな顔をしてから、 「では、夕飯の差し入れを兼ねて、俺が15時過ぎに来ます。それでいいですか?」 と、透子の都合というものを察して言った。 真とは違い、爽は最初から透子に対しては事務的だった。 それが今は都合がいい。 「ええ、ありがとう。夕ご飯も助かります。」 「では、失礼します。」 ばたばたと出掛ける用意をした。 今日、仕事が決まれば、面接が5時なんだから、その辺りから働く筈だ。 暫く、ジョーはいない時間だし、キャバクラは12時位には帰れるはずだから、ジョーが帰宅するまでには帰れると透子は考えた。 (働きたい、自立したい。いつかジョーから離れる準備がしたい。迷惑を掛けたくないから…。) いいお店なら、働く事が決まれば、ジョーも反対は出来ないだろうと考えた。 バリノさんに見つからないように静かにビルを出た。 裏通り4本目、市場の方へ歩いて行く。 20分程で豪華で綺麗なあのお店の扉の前に立っていた。 (怒るかな?やめた方がいいかな?まだ、言葉、不安だし。) 店の前で悩んだ。 『入らないの?』 明るい声がして振り向くと可愛らしい女の子がいた。 『あ、ちょっと考えてて…。こういう、おしごと、しとことなくて…。」 彼女はくすくすと笑い、訂正した。 『したことない、ね?私も初めてよ?でも、仕方ないの、うちは田舎で貧乏で、私が働かないとどうしようもないの。ここね、住むとこも用意してくれて、月一で病院にも連れて行ってくれるの。条件いいのよ?一緒に入ろう?面接受けて駄目ならどうしようもないんだし…ね?』 分かる?と、彼女は付け足してから笑った。 まだ幼さが残っている気がした。 確かに受かるとは限らない、肩を叩かれて、二人でドアを開けて入った。
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