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エミリアは混乱していた。
アーサーは宣言通り、夫婦の寝室にエミリアを連れてきたのだろうか。エミリアが、まだ一度も足を踏み入れたことのなかった部屋へと。
アーサーは迷いのない足取りでエミリアを軽々と運び、そのままどこかに腰を下ろしたようだった。
このまま寝てしまう?
今、目覚めたことにする?
それとも、寝たふりをしていたことを正直に告白し、謝罪する?
エミリアは狸寝入りという、些細ではあるが、れっきとした嘘を夫についた罪の意識に苛まれていた。
ああ、神様。でも、なんと言えば良いのでしょう。
朝の失言を後悔して、合わせる顔がなかったと?
あなたが話しかけてくださるのが嬉しくてと?
あまつさえアーサー様がわたくしを抱き上げ、夫婦の部屋へと連れて来てくださるだなんて、今を逃したらもう二度とないかもしれません。少しでもこのぬくもりを離さずにいたかったなどと正直に申し上げて、アーサー様に嫌われることがないでしょうか。
エミリアは、夫に愛されなくても仕方ないと、初めから思っていた。
しかし、貴族同士の結婚である。離縁など考えられないことであるし、できれば円満な夫婦生活を送りたい。
そして何より、エミリアはあいも変わらずアーサーに恋している。たとえ愛されなかったとしても、嫌われたくはないのだ。
エミリアは、もぞりと体をくねらせた。
アーサーがブランケットを巻き直したのか、両手両足、自由にならない。
それに気づいたのか、アーサーがエミリアの眼前からブランケットを取り除いた。わずかにアーサーの硬い指先が頬に当たる。
覚悟を決めたエミリアは、そっと瞼を持ち上げた。
アーサーは、じっとエミリアを見ていた。今朝の朝食室で見つめられたときと変わらず、顔面の筋肉をピクリとも動かさない彼だったが、エミリアの頬はそれだけで紅潮した。
「おはよう、我が妻よ」
「おはようございます、アーサー様……じゃなくて、あの、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
久しぶりに聞く夫の帰宅の挨拶に、エミリアは蕾が綻ぶように微笑んだ。
ああ、ずっとこれが聞きたかったの。それにそれに……”我が妻よ”ですって!
キャーキャー飛び跳ねたいのをグッと堪えた分、顔がにやけてしまう。
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