再会

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「会社の方?」 「うん。」 母さんの問いかけに曖昧に頷くと、母さんは岡崎さんを今の横浜支店の同僚だと勘違いしたらしく、ご迷惑をおかけしてすみませんと深く腰を折った。 「いえいえ。誰だって好きで病気になるわけじゃありませんから。本人が一番辛いとは思いますけど、ご家族も大変でしょう。」 母さんの勘違いをそのままにして気遣いを見せた岡崎さんは、僕がうつ病で休職していることを知っていたとしか思えない。 彼が僕の動向に目を光らせているからなのか、僕のことが他の支店でも噂になっているからなのかはわからないが。 そして、ちょっとすみませんと母さんに断りを入れてから、岡崎さんは僕をエレベーターホールの隅に引っ張って行った。 「うつ病だって? ずいぶん痩せたな。」 岡崎さんの目にも声にも憐みの気持ちがこもっていて、自分が酷く惨めに思えた。 「この病院に通ってるのか?」 「いえ。いつもは実家の近くの開業医に診てもらってるんですけど、今日はちょっと……」 言葉を濁して横を向くと、華絵さんの赤ん坊を抱いている母さんの姿が目に入って来てギクッとした。 きっと子ども好きの母さんが『ちょっと抱かせて』と頼んだのだろう。まさか華絵さんが僕の不倫相手だったとは知らずに。 「今日は? 入院か。」 この病院では外来は一・二階に集中しているから、エレベーターを使おうとしている時点で入院か手術と決まっているようなものだ。 「はい。そちらは退院ですよね。おめでとうございます。」 「ありがとう。今度は女の子だよ。」 喜びを隠し切れない様子の岡崎さんを見ていたら、尊敬の念すら湧いてきた。浮気されたのに妻を許して結婚生活を続けるのは、並大抵のことではない。 華絵さんを抱く時、岡崎さんの脳裏には僕の顔が過ったはずだ。そんな辛い葛藤を乗り越えたからこそ、二人目が生まれたのだろう。
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