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いやだ。もうたくさんだ――
そんなロアの悲鳴は、しかし、誰にも届くことはない。
天井を覆う巨大な影。それは、ロアに絶望を強いるためだけにこの世界に存在している。いっそ殺してほしい。父さんや弟、妹たちにそうしたように。母さんも、きっと、もう生きてはいないだろう。人間と見るや踏みにじり、弄び、死ぬまで蹂躙するのが奴らの習性だ――だから。
ああ。
こんな地獄は抜け出して、早くみんなのところへ追いつきたい。奴らに穢された身体など捨て去って、早く、早くみんなのところへ。
なのに。
それでも。死を選ぶことのできない自分が確かにいる。
逃亡を防ぐためだろう、奴らがロアを幽閉したこの尖塔の一室からは、身を投げさえすればいつでも天国に旅立つことができる。なのに――死ねない。死など怖くない。そんなものは。だが……
「おい、人間」
耳元で影が呻く。竜の唸りに似た低く悍ましい声。
「もっと中を緩めろ。締まりが良いのは結構だが、ここまで締め出されるとさすがに興醒めだ」
「……っ、」
ああそうだ。死ねない。今はまだ――奴らを一匹残らず殺し尽くすまでは。
「……い……やだ……」
「どうした、今夜はやけに反抗的だな」
くく、と影は卑しくせせら笑う。人間ごときが我々に敵うはずはない――そんな、傲慢と軽蔑とに満ちた嗤笑。
「そういうことなら、誰がお前の主かを今一度教えてやろう」
影の中に光る二つの双眸が、ふと冷酷な色を宿す。その冷たい輝きにロアが息を呑んだ刹那、ロアの内腿にひやりとしたものが押し当てられる。
見ると、それは巨大な鉤爪だった。人間の指ほどの長さもある爪。その鋭い先端が、ロアの白く細い太腿に無残にも突き立てられている。
「お前は、俺のものだ」
そして影は、その巨大な鉤爪をロアの肌にずぶりと埋めた――
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