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ー「どう?仕事」
「クソつまらんが給料がそれなりだから何とかやれる」
「父さんが褒めてたよ、よく働いてくれてるって」
「うむ」
ずるずるとコーラをすすり、間を置いてゲップをした。
「迷惑か?」
「え?」
「俺が突然来て」
「そりゃ死ぬほど迷惑だよ」
「何故来たと思う」
「何故って……約束があるからでしょ。夏の間に好きにさせるって」
「まあそれもある」
その返答に、天音が眉をしかめた。
「他にもあるの?」
「まあな」
「なに?」
「誰にも言わん」
「秘密を持つなら恋人にはなれない」
「……」
「言いなよ」
「……」
「早く」
じっとりとした爬虫類のような目でハルヒコの小さな瞳をとらえる。天音は窓の前のテーブルに腰掛け、目の前でじっと顔を見つめて彼の言葉を促した。
「……先に言っとくが、これは俺の問題だ。どうしようと俺の勝手だし、誰にも止められる筋合いはない」
「……なんか悪いことしようとしてるの?だったら君だけの問題じゃないぞ」
「違う。断じて法を犯すようなマネはせん」
「言って」
するとハルヒコはおもむろに窓枠から腰を下ろし、パイプ椅子にかけ直した。天音もテーブルから降り、そのとなりの椅子を引く。
「お前を恋人と見込んで言うぞ」
「うーん……うん……」
「納得いかなくてもとりあえず今は飲み込め。じゃなきゃ話さん」
「わかった。……僕を信じて、話して」
そう言うとハルヒコは目線を左斜め下に伏せ、しばらくしてから静かに切り出した。
「林田いるだろ」
「うん」
「あいつの兄貴って覚えてるか?」
「もちろん……」
思わぬ存在が出てきたことに、天音は不思議そうな表情をする。
「実はここに来る前、アイツの団地に寄ってな。単に池田を介して、たまには顔を見せろと言われて、特にやることもないがとりあえず行ったんだ」
「そうなの?じゃキミ島からもうとっくにこっちに来てたの?」
「ああ。ジジイには早めに寮に帰ると言って、火曜には池田と共に林田の家にいた」
「なんだ……あの子、予備校は?」
「同じクラスに中学時代の因縁の相手がいたとかで、取っ組み合いの喧嘩になって追い出されたそうだ」
「はあ……」
「まあそれはいい。ともかく奴の家で過ごしていたらあの兄貴が帰ってきてな。それで、俺の顔をまじまじと見て言ったんだ。……お前に兄弟はいないか?とな」
「え……」
天音の顔が固まり、目だけで続きを促す。
「いないと言ったら、今度は俺の苗字を聞いてきてな。だが渦川だと答えたら、母親の姓も尋ねてきた」
「……それで?」
「それで……」
「お母さんの苗字を、林田くんのお兄さんは知ってたの?」
「そういうことだ」
「つまり君の兄弟を……」
「知っていた」
「……どこで会ったの?」
「会ったというか、数ヶ月だけ生活を共にしていたそうだ」
「どういうこと?友達だったの?」
「友達というより、何というか、俺らと似たようなものだ。目的は違うがな」
「僕たち?」
「つまり同じ場所に寝起きしていた仲ということだ。集団で」
「それって……」
「奴らは少年院で知り合っていた」
「……」
「初めて見たときから何となく俺のことは気になっていたようだが、親共がいる手前聞けなかったそうだ。あの朝メシのときだ」
「そんな……それで、君は何て?」
「人違いだと突っぱねたが、……これを渡されてな」
ハルヒコがポケットから一枚の黒いカードを取り出し、天音に手渡す。受け取った紙面を見ると、【Club karat】と金色の飾り文字で記され、その下には住所と電話番号、URLが記載されていた。裏面には営業時間と思われるものと、簡単な地図、そして初回料金・基本料金なるものが書かれており、このカードがkaratというクラブの店用名刺であることが見て取れた。
「林田の兄貴はそこで働いているそうだ。それで、俺の兄弟もそこにいる、と」
「クラブって……ホステスとかのいる?じゃあボーイってこと?」
「いや、そこは女のいるクラブではなく、ホストクラブなんだ」
「ホスト?」
「林田の兄貴は内勤として働いているそうだが……つまりボーイのようなものだろうな。だが俺の兄弟というのが、その……」
すると天音は、有り得ない、という顔をしてかぶりを振った。
「そ、それはないだろ……だって君に似てるんだよね?君に似てるのにホストやってるの?面接で落ちるどころか門前払いだろ」
「ムカつくけどそう思うわよね~フツーはさあ~。でもね……」
「でも?」
「お前のケータイでここのページを開いてみろ」
「……」
「驚くべきものが載っている」
ハルヒコに促され、スマホで恐る恐る店のホームページにアクセスする。そこで天音が見たものは、驚きを超越した恐るべき真実であった。
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