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「先生は、いままでに付き合った人はいるの?」  べたべたになった身体をシャワーで洗い流し、さっぱりした僕たちは、ベッドで寝転びしながら話をした。キスしたり、髪や身体のあちこちに触れたりして、子猫みたいにじゃれ合っていた。 「そりゃ、もういい歳だから、そういう人もいたよ。……そんな話、聞きたい?」 「うん。聞きたい」  僕が知らない、先生の過去。いまの先生を構成しているすべての要素を、僕は知りたいと思う。  そんな僕を見て、先生は少し困ったように微笑んでから、話し始めた。 「大学に入って、しばらくして恋人ができた。同じ学部の同級生で、すごく気があって、一緒にいたら心地良くて、僕はその人となんとなく結婚するのかなあ、なんて思ってた。でも、結局は別れてしまった」 「どうして?」 「彼女は大学卒業後地元で就職して、僕は進学のために上京した。僕はいつまでも学生で、しかも留学まで目指していて、頭の中は文学とフランスのことでいっぱいだった。でも彼女は社会人としてたくさんの人と出会って、お金をたくさん稼いで、仕事で嫌な思いもいっぱいして、とても現実的な世界に生きていて。おたがいに住む世界が変わってしまって、わかり合えなくなったんだ。たまに会って話しても、会話がまったくかみ合わなくなってしまった。そのうちに彼女に別の好きな人ができて、それでおしまい」 「……まあ、それは仕方ない気がする」 「いや、前にも言ったけど、あの頃の僕は自分のことしか考えていなかった。理解し合う努力さえしようとしなかった。彼女と別れた時も、所詮人生なんてそんなものだって、どこか冷めた気持ちで眺めていた。要するに、愛がなかったんだ」  そう言ってから、先生は僕のくちびるに触れてくる。 「僕が諒くんを好きなのは、自分の目標を持って、真っ直ぐ真面目に生きているけど、周りの人にも優しいから。葵のお世話なんて大変なことも、当たり前のように受け入れて、たった一人のお姉さんを取られても、新と仲良くできたり。君の心には愛が溢れていて、面倒なことを避けないし、嫉妬とか独占欲とか、そういう人が持っているどうしようもない狡さや汚さが感じられないところ。きっとすごく大切に、真っ直ぐに育てられたんだろうな、って伝わってくる。僕は、君のそういう所に、すごく憧れる。君と一緒に居ると、自分の魂まで清らかになっていく気がする」  僕は不思議な気持ちでその言葉を聞いていた。先生には、僕が天使のように見えているのだろうか。
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