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耳に聞き慣れた声がそう語りかけた。
百回目の転生だった。
山田香子。
私の最後の名前は、なんとも普通であった。
時代は大正。
日本の産業はそれまでの生糸から重工業に移り変わり、やがて戦争が始まった。
出来ることなら最後は平和な世の中で生きたかったと、神様へ文句を言いながら日々を過ごす中で、私はひとりの男性と出会った。
鹿野直人。後の私の夫である。
「見合いなんて断ってくれていいから」
十六歳の私に十七歳の直人はそう言って笑った。その瞬間、私の中で大輪の、向日葵の花が咲き誇った。
これまでの人生の中で幾度も結婚はしてきた。が、一度たりとて自ら心を寄せた人はいなかった。
九十九回もの人生を送ってきて、驚くべきことに直人が初恋の人だったのだ。
玉砕覚悟で気持ちを伝えると、直人ははにかんだ笑顔で「僕も香子さんが好きです」と答えてくれた。
それから私は変わった。
それまで生きることになんの重みも、楽しみも見いだせなかったのに、これが最後の人生だと、直人と共に生きたいと、初めて生に執着したのだ。
「生きて……必ず生きて帰ってきてください」
「ああ、約束する。帰ったら祝言を上げよう」
戦争に駆り出される直人を断腸の思いで見送り、帰ってきた彼に恥ずかしくないようにと必死に花嫁修業をした。
何かに一生懸命になるということを、初めて楽しいと思えた。否、何かに没頭していなければ直人の事が心配で気が狂ってしまっていたかもしれない。
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