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奥様の悪い遊び
人生は谷ばかり。
わずか10歳にして、それを思い知ったのは、両親が一人娘の私を置いて、揃って事故で亡くなった日からだろう。
その知らせを持って来たのは、会ったことのない遠縁を名乗る一家だった。幼い私の後見人として、その日の内に我が家に転がり込み、住み着いた。
泣くヒマも、悲しむヒマもない。
何が起きているのか、理解する間もない。
末端とはいえ、貴族に身を置く男爵家。
それなりの屋敷とそれなりの資産、堅実な両親と働き者の領民のおかげで、何不自由なく暮らせていた私の日常は、あっという間に一変した。
両親の部屋は遠縁の夫婦のものへ。
私の部屋はその夫婦の娘のものへ。
屋敷も、お金も、宝石も、ドレスも、奪われる。
これまで我が家に尽くしてくれた使用人達も残らず追い出され、遠縁を主人と敬う者達が新たに雇われた。
親の庇護を失った子供に何が出来ただろう。
狡猾な大人に立ち向かうには、あまりにも無力過ぎた。
搾取されるまま、抵抗も出来ぬまま。
貴族令嬢から、どれだけこき使っても賃金のかからぬ奴隷へと身を落とされる。
物置き小屋に押し込められ、侍女のお仕着せのお古を纏い、掃除、洗濯、料理は勿論のこと、遠縁家族の機嫌によって理不尽に怒鳴られ、叩かれ、鞭打たれた。
仕えるべき主人が私をそう扱えば、他の使用人達も同様になるのは当然のことだろう。
陰口やイビリや仕事の押し付け、失敗は全部私のせいにされた。酷い時は寝る時間も食事の時間も雑務に従事し、疲弊した身体と精神をすり減らす。
毎日くたくた。
目の前のことを片付けるだけで精一杯。
それが6年も続けば、激変した私の環境に応じて、遠縁の者達もまた、変わっていった。
贅沢に慣れればより贅沢を求め、敬われればより態度は尊大になり、肥大した欲望は際限なく膨らんでいく。
まず、主人が他所で若い愛人を囲い始めた。
次に、欲しいものを欲しいだけ、わがまま放題で育った娘の浪費癖が加速し、私と同い年にして身体は3倍以上に肥え太る。
上記の二人はまだ、愚かな貴族の範疇かもしれない。けれど問題は……
「さあ、いい子ねぇ。我慢しなくていいのよ。夜はとっても長いわ。私と一緒に朝まで楽しみましょう」
夫が愛人宅から帰ってこないのをいいことに、しょっちゅう夜会を開いては、若い男に媚薬入りの酒を飲ませて寝室へ引きずり込む、夫以上に節操のない奥様の悪い遊びだ。
当然、同意の上ではない。
酒といかがわしい薬の影響で、前後不覚に陥った男が奥様の誘惑に勝てるはずもなく。
翌朝、情事の痕跡が色濃く残る部屋から逃げるように去る者や、蒼白な顔色でふらふらと立ち去る者が後を経たなかった。
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