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ーーさっきの本のことといい、まったくもって今日はツイてない。
きっと、勇気を振り絞って私の腕を掴んで放さないのであろう若い女性の隣に並んで、私は反論する元気もなく、ただただ項垂れることしかできないでいる。
四月吉日、御手洗希 二十五歳。
今から念願だった刑事として、警察官なら誰もが憧れる警視庁への記念すべき初出勤だというのに……。
これから、この痴漢の疑いを晴らすために、費やすであろう時間のことを考えると、遅刻は免れそうもない。
いやいや、遅刻どころの騒ぎじゃない。
痴漢に間違われて遅刻しました、なんて恥ずかしすぎる報告を、配属初日にしないといけないなんて、最悪だーー。
……そう思うと、悲しくて、悔しくて、泣きたくなってきた。
そんな可哀想な私のテンションは、これ以上にないってくらいに海深く沈んでしまったのだが……。
私の今日の運勢は、二十五年間生きてきた中でも、最も悪い運勢だったようで。
この後私は、奈落の底に突き落とされることになる。
手始めに、ガックリと力なく項垂れてしまっている私の耳には、さっきの私同様、目の前の人波を掻き分けるようにして現れた一人の青年の姿とほぼ同時。
「すみません、通してくださ~い。自分、警視庁の者です。痴漢されたのはあなたですか? 安心してください。もう大丈夫ですよ」
という、ちょっと間延びしたような青年の優しい声が流れ込んできたのだった。
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