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正月行事
冬は嫌に長く極寒で、肌を刺すような冷え込みが、やはり不快でしかない。
チリンチリンッ。
「こんにちは」
扉から神経を直接刺すような冷風が流れ込む。
けれどそれに似つかわしくない暖かな笑顔で、橙色のマフラーを首から外す女性。
「こんばんわでもいい時間だね、優希」
彼女は優希。
縁あって、この妖怪相談所『ビスケット』へ憑依されたお姉さんの相談から、気付けば一員のように共に行動をするようになった女性。
「その格好懐かしいね」
「格好? これ?」
「うん。最初に来たときに着てた赤いワッフルコートだよ」
そう告げると、優希は顎を持ち上げて天井を見ながら、悩んでみせる。
どうやら覚えていないようだ。
「今日も依頼はなし?」
一時は考えていたが、思い出せないのかすんなりと諦めたようだ。
ワッフルコートを入口の右手にあるコートハンガーに掛けて、僕の横に座ってみせた。
「さてと……」
優希は手袋を外して、マスターに珈琲を頼んだ。
「かしこまりました。そうですね。この時期は妖怪や、霊的なものも落ち着いてくるでしょうから、依頼は減りますよ」
「どういうこと?」
優希はいつもの疑問症を患っているようだ。
それくらい僕達の住む世界に興味があるのだろうけれど、由布院での件もあり、少しは自重させなければならないかなと思う。
「そもそも皆さん今月末はなにがありますか?」
「今月末といえば、年越しでしょ?」
「そう、つまりは年越し、大晦日、お正月ですね? この時期に皆さんはお寺で拝んでいますね?」
「うん、お願いごとしてるよ」
「それは歴史の中で、死霊に対して拝んできたんですよ」
「えっ」
直後、優希が固まる。
それも仕方ないだろう。
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