序章

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序章

 国風文化の風が吹き荒れ貴族達が我が世の春を謳歌する平安の世。この世においてこれを嘲笑う男がいた。 この男の名は西京院万象…… 京の都にてヤミ陰陽師をしている最強の陰陽師である。 元々は遣唐使であったのだが、菅原道真公の進言から遣唐使が廃止された事により遥か遠くの唐の国は長安の都にて風来坊となってしまった。これを良しとした西京院万象は世界を旅して回る事にした。 旅を終えて旅先での森羅万象(ありとあらゆる)の術を修めた万象は自分がかつて遣唐使として仕事を行っていた長安の都へと舞い降りていた。 本来ならばその道中で船に乗り日本に戻ることもできたのだが、久々に長安の都を見てみたいという気まぐれにより船に乗らずに長安の都に来ていたのだった。 長安の都の最南端には「明徳門」がある。万象はその明徳門より眼前に広がる長安の都を眺めた。シルクロードの最終地点として西方の国の文化、宗教が多く入ってくるためにこの当時では世界最高峰の国際都市として華やかに輝き賑わい繁栄した都市風景が見えるはずだった。万象も遣唐使の仕事をしていたときは朱雀門よりこの風景を何度も眺めていた。遣唐使の任を解かれ長安の都を出る時も見送ってくれたのは明徳門より見える朱雀通りの華やかな風景であった。 ところが、朱雀通りには餓鬼を思わせる禿げ上がり下腹の膨らんだ者たちが徘徊し、痩せきった野良犬がその者達を腹に入れんと虎視眈々と見つめる餓鬼界か畜生界を思わせる風景へと様変わりしていた。 「どういうことだ。これがあの長安の都だと言うのか」 万象は目の前に広がる風景を信じることが出来なかった。これまでの旅で性質の悪い狐や狸にでも化かされ幻でもみているのではないかと自分で自分に解呪の呪文をかける。 「六根清浄! 急急如律令! 急急如律令呪符退魔!」 至急に六根。つまり、目、耳、鼻、舌、身、意(意識)を清めよと自分の体を清める呪文を唱えた。 だが、目で見る景色は餓鬼・畜生界そのもの。耳に入るは餓鬼や獣のうめき声、鼻に入るは死臭と糞尿に獣の匂い、舌で感じる空気の味も極めて不味い、身(体)もこれらを感じるせいで重く感じる、意識も朦朧としてきている。 つまり、呪いで見ている幻ではなく現実そのものと言うことであった。
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