12.轍の先に

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「叔父に話すと権藤さんに筒抜けになるんですよね……」 「ああ」 「でも、考えてみます」  伊織さんは何かに蹴りを付けるように、ふうっと息を吐いた。いつもの穏やかな表情に戻る。 「さて、お客様が帰ってくるまで休憩にしましょう。私は両国会館に書類を取りに行きます。西宮さんは申し訳ありませんが、集会室内は飲食禁止なので、給湯室で召し上がっていただくか、外食していただくかになりますが」 「じゃあ、一緒に出ます」  私は急いで給湯室に置いた荷物から財布とスマホを取ってくる。  玄関のバラ窓から、柔らかな光が落ちる中、伊織さんのすらりとした後ろ姿が私を待っていた。  表に出ると、冬の高い空から冷たい風が吹き下ろす。  でもこの冷たい風を通って、春を予感させる明るい光が感じられるのも、間違いない。  飛行機は通らないかと、上空を見上げた。  つられたように、伊織さんも空を振り仰ぐ。 「あれ、さっきの飛行機雲ですかね」  私が呟く。額がひんやりと冷やされていく。  高いところに流れる二筋の雲は、すでにふわふわとたなびいてほぐれ、さらに上空の刷毛ではいたような無数の白い雲の流れに溶け込んでいこうとしていた。 「もうほとんど、消えかけですね。でも……まだ、道みたいに見えますね」  追いかけなければ、今歩かなければ消えていく道を、私たちは歩き続ける。  その先には、かけがえのない出会いと温かな居場所がきっとある。  秀平様がウイちゃんと過ごした日々のように、温かく幸せに満ちた場所が、伊織さんにも、私にも必ず。 (第12章 轍の先に 了)
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