第11話・桜舞う空の下で

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* 「おー、國安。リオ。こっちだ、こっち!」 「煌夜さん、理人さん! お花持ってきたよー!」 「ていうか、既に花だらけじゃねえか。せっかく俺とリオちゃんで選んで買ってきたのに入れる隙がねえ」 「大丈夫ですよ。詰めれば」  三月二十五日。晴れ。  大きな桜が咲き誇るその下で、俺は「母さん」の墓前に向き合い、笑った。  ずっと一緒にいたのに、ようやく知ることができた。ようやく会えた気がした。俺の桜、俺の生みの親──理人を除けばこの世でたった一人、いつも俺を見守ってくれていた母さん。  意外にも俺達の本拠地から車で二時間ほどの場所に、母さんのお墓はあった。調べてくれたのは理人が懇意にしている興信所の所長さんだ。その人は、俺が存在すら知らなかった母さんの全てを調べてくれた。  名前に年齢、出身地。どんな性格であったか、どんな物が好きだったのか。 俺を産んだ時に亡くなったこと。その後で俺の育ての母である女性と再婚した父さんとは、ちゃんと愛し合っていたこと。  お産の時、病室の窓からいつも桜を眺めていたこと。まだお腹の中にいた俺に、たくさんの優しい言葉をかけてくれていたこと──。 「……お袋さんの墓、見つかって良かったな。煌夜」 「理人が頼んでくれたお陰です。ありがとうございました」 「そういや理人さん、あのクラブの改装は進んでるのか」 「ああ。でも前みたいなクラブじゃなくて、普通のバーにしようと思ってる。空いてる階はテナント募集することになるかな」 「オープンしたら俺も弟分引き連れて飲み行くよ」 「ふうん。俺は連れてってくれないんだ? 別にいいけど」 「リ、リオちゃん! 違うよ、そういう意味で言ったんじゃねえんだ!」 「すっかり尻に敷かれてるな」  苦笑した理人が、取り出したジッポで線香の束に火を点ける。 「ねえ、そういえば理人さんと煌夜さんがやってたお悩み相談室って、今もまだ続いてるんでしょ?」  リオが花束の包み紙を剥がしながら言った。 「俺も風俗辞めたから、それ手伝いたいんだけど。煌夜さんの助手として!」 「お前な、リオ。俺達がやってるのはお悩み相談なんて甘いモンじゃねえんだぞ」 「でも最近一番新しく受けた依頼は、迷い犬の捜索でしたね」 「ば、ばらすな煌夜っ」  リオの言う通り、俺達の仕事は今も続いている。しかも柳田グループに一泡吹かせたという噂が瞬く間に広がったため、引っ切り無しに依頼が来て最近は俺も大忙しなのだ。 「確かに、助手がいてくれるのは助かりますね」 「やった! じゃあよろしく、俺頑張るから風俗関係の依頼は任せて!」 「リオちゃん、あんまり俺に心配かけないでくれよ……」 「國安もやくざ辞めて来ればいいじゃん」 「か、簡単に言うけど!」  仕方ねえ奴らだな、と理人が笑う。俺も笑った。  見上げた青空に桜が舞う。その一片(ひとひら)、一片が息を呑むほど美しくて、俺は思わず目を細めた。  大切な仲間と、大切な人。守るべきもの。そして俺の生きる道、俺の役目。 「煌夜」  俺の髪についた花びらを摘まんだ理人が、手のひらにそれを乗せて息を吹きかける。  花びらが再び空へと戻って行ったその瞬間、淡い桜の香りが俺の鼻先をくすぐった。それは俺の肩を抱き、一緒に空を見上げた理人が持つ優しい香りだった。  ……いつかまた会うことができたら。  俺のこと、煌夜って呼んでくれますか。  柔らかな風が吹く。  その問いに踊る一片は、まるで笑っているようだった。 終
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