発端

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発端

 深夜一時。今日も残業を終えて、私はようやくひとり暮らしをしているマンションに帰り着いた。これでもう休日をはさんで七日連続だ。  その理由は、同僚や先輩達が自分の仕事を私に押し付けてくるから。正確にはただお願いしてくるだけなのだが、私がそれを断れないのを知っているから実質的にはそのようなものだ。  私は皆に利用されている。頭では分かっている。でも勇気を出して彼らの要求を断ろうとすると、過去の忌まわしい記憶が私の脳と心を支配し、その思いを打ち消してしまうのだ。  私は小さい頃からよくいじめに遭ってきた。同級生達から馬鹿にされ、軽んじられ、ときにはいないものとして扱われた。短大を出て社会人となった今でも、時折その光景が夢に出てきて、汗だくで目覚めることがある。  もし彼らの要求を断り、あの頃のような酷い扱いをまた受けることになってしまったらと思うと、今の状況の方がはるかにマシだと自分を納得させてしまうのだった。  きっとそういった過去の記憶が、今の私のネガティブな性格を形成しているのだろう。だとしたらこんな不必要な記憶などなくなってしまえば、私はもっと快活で幸福な人間になれるのではないか。  激しい疲労でもう何もする気力も沸かず、レディーススーツのままベッドへ倒れ込んだ私は、そんなことを考えながら、程なくして深い眠りへ落ちていったのだった。
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