恋のお百度参り

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 それが、つい三十分前のこと。  今、私はピンとこないなんて言っていた過去の自分を殴り飛ばしたい。鐘が鳴るなんてメルヘンだと思っててごめんなさい。鐘、鳴りました。想像してたのよりちょっと、いやかなり和風な鐘の音だったけど。  にしても、あの人は誰なんだろう。綺麗な青色の袴を着ているところを見ると、この神社の人なのだろうか。年は……私より少し上かな? 話しかけてみたい。けど、でも用もないのに話しかけるのも……。 「はぁ……」  あの人から目が離せない。一目見ただけで、こんなふうになるなんて想像もしていなかった――。 「あ、すみません。恋のお守りがもらえるって聞いたんですが」 「っ……! お、おとうさ……!?」 「あ、はい。少々お待ちください」  ボーっと見つめ続けている私をよそに、父親はつかつかと境内の奥へと歩いていくと、こともあろうにその人に向かってそんなことを言い放った。  その人はにこやかな笑顔を浮かべると、一枚の紙と手帳のようなものを持って戻ってきた。 「これに詳細が書いてます」 「ありがとうございます。ほら、麻優。これだって」  ニコニコしているお父さんからその紙を受け取ると、そこには……。 「恋の、お百度参り……?」  思わず、声が裏返りそうになった。  恋のお百度参りって、何それ呪い……? あ、それは丑の刻参りか……。  にしても、なんていう……。 「笑っちゃいますよね、このネーミングセンス」 「あ、いえ……その……」 「僕も変だなって思ってるんで、笑ってくれて大丈夫ですよ」  唐突に話しかけられた私は、上手く返事をすることができない。そして心臓が、爆発しそうなぐらいに、うるさい。  何か言おうと口を開くけれど、言葉が上手く出てこない。  いったい、どうしてしまったというのだろうか。これが恋? だというのなら、今まで私が好きだな、いいなと思っていたあの先輩や同級生はなんだったというのだろうか。自分の感情が信じられない。だって、こんなの初めて……。 「町おこしというか、神社おこしというべきか……。その一環のようなもので、百回うちの神社に来てくれた方に恋守りをお渡しするというものです。少しでも神社を身近に感じてもらおうと」 「そ、そうなんですね!」 「なので、今ここでお渡しすることはできないんです。申し訳ありません……」  困ったように笑うその人に、私の心臓は一層大きく跳ね上がった。  そして、次の瞬間、私は思ってもみなかったことを口走っていた。 「わ、私! 通います!」 「え?」 「お守り貰えるまで、ここに! 百回来たら貰えるんですよね!」 「……はい。ありがとうございます」  嬉しそうにはにかむその笑顔が可愛くて、カッコよくて、素敵で……。  むしろここに通う口実を与えてくれた、恋のお百度参りに感謝すら覚えたのだった。
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