第1学期

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「やわらかな光が──」  ふいに、そうちゃんが歌い始めた。 ──歌詞があったんだ。  ハスキーだけど透明な感じがする不思議な声だ。前に一度だけ聞かせてもらった時にも感じたけれど、どこかで耳にしたことがあるような気もする。  そうちゃんの歌を聞いているうちに、なぜか、あの最後の日の病室を思い出した。  隣に立っていたお母さんの手。個室の窓から、遠くに見えた海の色──。  高校入試の翌日だった。もしかしたら、お父さんは、郁の試験が終わるまで待っていてくれたのかもしれない、と思う。 「試験、ばっちりだったよ」「制服、楽しみにしてて」。お父さんに伝えようと思っていた言葉が、ちゃんと届いたかどうかは分からない。   そうちゃんの声とギターが、優しくピアノに寄り添ってくれる。 「僕たちをめぐるものは、いつも優しくて──」  そうなのかな。わたしをめぐるものはいつも優しいのかな。 ──もう二度と、お父さんに会えないのに?  でも、お母さんは元気だし、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に住めるようになった。そうちゃんも、普段は遠くにだけど、ちゃんといてくれて、時々はこうして会いに来てくれる。友達だっているし、ちょっと煩わしいけど和泉だっている。  それでも、いつもと違うことや変わっていくことに苛立ってしまったり、相手に当たりたくなったりしてしまったりするのはなぜだろう。
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