第四幕 君に描く物語【昭和編】

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「百貨店での主人公はお客様なのです。私たち従業員は脇役に徹さねばなりません。星名さんは自分と同じ立場の従業員を庇おうとしただけで、お客様の心に寄り添おうとはしていませんでした。だから間違っていると言っているのです」 「だ、だから、あのお客様は……」 「問答無用! どんなお客様であってもないがしろにしてはなりません。それが私たちの仕事であり、そうすることが自分やデパートを守ることに繋がるのです」 (……自分やデパートを守る?)  紺子の言い分をじゅうぶんに理解したわけではなかったが、マリはもう言葉を発さなかった。 「休憩に戻ってください」  それだけ言うと、紺子はくるりと背を向けるのだった。 ※  仕事を終えたマリが従業員通用口から出てきたころには、すでにとっぷり日が暮れていた。 「ああ、疲れた……」  疲れたのは身体だけでない。どちらかと言えば精神的な疲れのほうが大きかった。 (朔に会いたいな)  どんなに嫌なことがあったとしても黒猫の朔に愚痴を聞いてもらえばすっきりしていたけれど、今はそれも叶わない。  夜空は朔を思い出させる。  朔を無理やり抱き締めたときの、毛並みの感触を思い出し切なくなる。  マリは沈んだ気持ちでショルダーバッグを肩にかけ直した。すると突然、誰かがマリの肩を抱いてきた。 「お嬢さん、僕とお茶しませんか?」 「わっ……な、直人さん!」  気取った様子の直人にマリは呆れる。 「待ち伏せしてたんですかっ?」 「人聞きが悪いな。夜道は危険だと思って待っていたっていうのに」 「危険なのは直人さんのほうです。手をどけてください」
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