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雨と少女
薄い灰色の雲の下、青と紫色の淡い彩りに軽やかな音を立てて小さな透明な雫が広がっていく。静寂を壊さない涼やかな音が大きくなっていく。緑色の小さな生き物がゲコッと鳴いた。
「んー。降ってきたねぇ。」
畳に寝転がり片手で頭を支えながら、少女はぽつりと言った。障子の形に切り取られた四角の中、縁側から見える鮮やかな紫陽花は雨に濡れている。1つだけだった声は増え、ゲーコゲーコと間延びしたカエルの大合唱が始まった。
「そうね。」
一月前まで花粉の猛威によりティッシュを抱え込み、目と鼻を真っ赤にしていたとは思えない涼しげな顔で泉は言う。去年は下ろしていた艶やかな黒髪は、今年はポニーテールにまとめられている。うなじが眩しい。
「ねえねえ泉ちゃんは今年の夏はなんのバイトするんだっけ?」
庭へ目を向けたまま少女は尋ねる。
「んー何にしようかしら。海の家のバイトもいいしプールの監視員もいいわねぇ。」
「なんか夏満喫してる感じのバイトだねえ。」
「せっかくなら夏も満喫したいじゃない?」
「私はやだなー。家で扇風機全開に回しながら風鈴鳴る縁側で西瓜を貪りたい。」
「それでお金が貯まったら苦労しないわよ。」
「泉ちゃんは堅実だなぁ。」
「あなたが考えなすぎるだけなの。」
ぴしゃりと言って、それからふと思い出したように、泉はそういえばと言った。
「ところであなたのお婆様今日はいらっしゃらないの?姿が見えないようだけど。」
「あー婆ちゃん?なんか昨日から箱根に温泉旅行行ってるんだー。」
「元気ねぇ。」
机の前に正座し、ペンを動かしながら、泉も少女に目を向けずに答える。
「で、泉ちゃんはさっきから何を真剣に見てるわけ?」
庭から目を離し、少女は寝転がった体制のまま泉を見上げた。
「勿論求人募集よ。すこしでも時給が高くて条件いいところにしたいじゃない?」
「うへえ泉ちゃんは相変わらず金の亡者だぁ。」
顔をしかめながら少女はうつ伏せにごろ寝した。しばらくの静寂が続き、ぽつりと少女は言った。
「ねえ泉ちゃん。」
「何よ。」
求人募集から目を離すことなく泉は答える。
「夏、楽しみだね。」
少女の言葉に泉は目を瞬かせたが。やがて目元を緩めてふっと笑った。
「そうね。」
────あとひと月で、夏がやってくる。
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