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「娘…」
「へっ?」
男が声を溢した瞬間、今まさに桃色の者と同じく飛び降りようとしていた者がきょとんとした表情を此方へ見せ、ぽろりと恍けた声を発した。そしてそのまま、ずるりと足を滑らせてしまう。
(──間に合わないっ…!)
その者へと男が手を伸ばし地を蹴る。
だが。
「っと。姫様、降りる時はきちんと下を見なければ駄目ではないですか」
「わ、若葉様…」
己の手が届く前に、下にいた桃色の者──若葉にその者を受け止められてしまった。
「おや、御南巴乎の神。久方ぶりです」
落ちた者なる癒月を涼しい顔で抱えながら、若葉は男へ涼しい顔を向ける。
「童…」
男は行き場の失くした手を伸ばしたまま、駆け寄ろうとした体制のまま呟く。なんとも滑稽な姿だろうか。
「ふ、藤の君っ…!」
抱えられていた癒月が声を上げる。藤の君とは己の事だろうか。だとしたら、なんて己には勿体無き名だろうか。男は冷静になりつつある頭で思った。
やがて男が体を引き戻し、癒月へと微笑む。咄嗟にその笑みを目にした癒月は涙ぐみ、若葉に降ろしてと告げ、男へふらつく足取りで足袋が黒くなろうとも構わず駆け寄った。
そして勢いのまま、男の胸元へと飛び込んだ。
「ああっ!良う御座いました、よかった、…よかった…!」
「娘…。お前は本当にあの娘なのだな…」
男はそのまま癒月の頭を優しく、だが強く強く己の胸元へ抱き込み、癒月はそんな男の服を強く握り締める。女が涙の流れるその顔をそっと上げる。絡み合う視線。そして──
「えいっ」
「っ、!!」
「んんんーっ!?」
──重なる、唇。
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