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 雪が降るほどでもないが、体の芯から冷える日だった。部活を終えて、真っ白な息を纏いながら夜道を自転車で走っていた。公園の前を通りかかり、気分を変えて公園の中を走った。物騒なほど静かな中、ふとブランコに誰かが腰を掛けているのが目に入った。二度見して、それが松岡だと気付くと司は自転車をブランコの前で停めた。 「先輩、何してるんですか」  司に気付いた松岡は、咥えていた煙草を隠した。 「今更ですけど。……煙草吸うんですか」 「意外そうな言い方だな」 「意外です。そういうの嫌いそうだから。見つかったらまずいですよ」 「そうだな」  そう言いながら、松岡は煙草を消す様子がなかった。 「部活だったのか? 遅い帰りだな」 「はい。もうすぐ試合だから、みんな居残り練習してたんです」 「練習が終わったらさっさと帰ったほうがいい。怪我でもしたら馬鹿らしいだろ。笠原は試合に出るのか?」 「はい」 「お前は俺より上手いから、バスケだけは教えてやらなくても大丈夫だな」 「……松岡先輩、なんで俺にいつも色々してくれるんですか? 本当は誰かの面倒見るのは好きじゃないんでしょう」  松岡は煙草の煙を吐いて、俯いた。暫く沈黙があったあと、松岡が言った。 「弟がいたんだ」 「……」 「笠原と同じ歳だ。そんなに仲良くなかった。どっちかというと喧嘩ばかりしてた気がする。……むしろ、嫌いなほうだったかな。弟が小学六年の時、クラスメイトにそそのかされてコンビニで万引きしたんだ。俺の両親、特に母親は弟にすごく甘かったから、たいした叱責はしなかった。だけど俺はものすごく腹が立って、弟を殴ったんだ。大喧嘩になったりはしなかったけど、険悪なまま弟は塾に行く時間になって家を出た。ほんの数分後、弟がトラックに轢かれて死んだと連絡があった。まさかあれが最後になると思わないだろ? 予想外すぎて涙も出なかったよ」 「その弟……さんに、似てる?」 「そう。お前には迷惑な話だと思う。背格好も、俺と違って大きな目でちょっと悪そうな顔つきも、すかした態度も似てる。今思えば、もっと可愛がってやればよかったと思うよ。……だからかな」  松岡は寂しげな笑顔を司に向けた。自分は兄のように思っていて、松岡は弟のように思ってくれている。そういうことなのだが、司にはそれがなぜか辛かった。がっかりしたというのが合っているかもしれない。この時、司はもっと違う答えを求めいていたことに気付いた。同時に司の松岡を慕う気持ちが尊敬でなく、恋なのだと悟った。まだ完全に自我が出来ていない司は、この事実に困惑した。 「吸ってみるか」  さっきまで松岡が咥えていた煙草を差し出された。司は無言でそれを手に取り、咥えた。少し吸っただけでむせた。松岡は笑いながら煙草を取り、携帯用の灰皿に押しつける。口の中は煙草の嫌な味が残り、唇にはなぜか痺れがあった。 そのあと、どうやって松岡と別れたのかは覚えていない。ただ、家に帰って松岡のことが好きだともう一度認めると、開き直りと馬鹿らしさに笑いが出た。
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