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俺は画布(カンバス)の表に触れて、まだ微かに濡れているような絵の具の感触に縋りついた。あんたの夏はいつまでだったんだ。尋ねる声は喉で潰れる。言葉になったところで誰が答えるというのか、この夢の終わった後の場所で。
膝をついて崩れ落ちる。
震える背をまるめて、俺はただ、絵が朽ちる時を想った。
季節に曝されて、絵は段々と色褪せていくだろう。雨に穿たれた裏地からは、血が滲むように黒いしみが拡がり、赤い都会も緑の湖も紺碧の森もすべてが緩やかに侵食される。絵の具の鯨は鱗のように剥がれ、苔か、あるいは雪に埋もれて朽ちるに違いない。春まではもたない。まして来年の夏なんて。
これらの絵は、誰の視線にも誰の思考にも侵害されることなく、なにひとつの意味もつけられることなく、この赤錆びた鯨の骨格のなかで滅びていくのだ。
それはとても幸いだ。確かにそれは、幸いだ。
なぜならばその終わりはひどく、美しい。
「……っふ……」
喉からひとつ、あぶくのように呼吸が洩れた。
塩辛い涙が、頬から顎まで垂れる。
夏の終わった空をふり仰いで。
俺はひとり。
声もあげずに、ないた。
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