堕ちる姫

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**** 「…主上(おかみ)にこのような事をして頂いては、後宮にいる全ての女人に恨まれてしまいます。」 「(ちん)が自らやりたいと言ったのだから、気にすることない。何かあれば朕がそなたを守る。」 こう言って主上は梦月(むげつ)の小袖の(えり)を綺麗に重ねる。なんと彼は、激しく着崩れてしまった梦月の衣装を整えてくれているのだ。主上が女御(にょうご)の衣装の世話をするなど前代未聞であるが、彼がやりたいと言ってきかないのだから、梦月は従うしかない。 梦月は主上にされるがままの状態で、彼が膝を付いて丁寧に梦月の(くれない)長袴(ながばかま)()を結ぶのを見下ろしていた。 …男にこうして衣装を着せられるというのは、流石に少々気恥ずかしい。 主上は長袴の緒を綺麗に締め上げると、ふと手を止めた。そして、すん…と梦月の胸元の辺りで鼻を鳴らし、小さく息を飲む。 「…そなたは、いつも()も言われぬ良い香りがする。」 梦月の甘やかな香りに当てられて、僅かに頬が上気する主上。それを見た梦月は苦笑いした。 「着付けている最中に顔を赤らめないで下さいまし。これでは油断も隙も無いではありませんか。」 「…朕はよく耐えている方だと思うのだが。」 確かに、主上は何度か梦月にお預けを食らっている。梦月は目を(しばたた)かせて、ばつが悪そうにそっぽ向いた。だんまりを決め込む梦月を見て、主上は困ったように一笑。彼は首尾よく梦月に(うちき)を着せると、今度は枝桜(えだざくら)文様の小袿(こうちき)を手に取り、優しく梦月の肩に掛けた。 「…他の妃の皆様は、藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様の懐妊について、何か仰っていましたか?」 小袿に袖を通しつつ、梦月が不意に訪ねる。梦月でさえ、胸に棘が刺さったような思いをしたのだ。弘徽殿(こきでん)中宮(ちゅうぐう)や、雷鳴壺(かんなりつぼ)更衣(こうい)の心労は如何(いか)ばかりだろうか。 梦月の問いに主上は一瞬動きを止めて、そして気まずそうに視線を落とした。 「……唯一、中宮が祝いの(ふみ)を寄越してきた。此度の懐妊は非常に喜ばしいことだ、と。」 「喜ばしい…ですか。」 清廉で、常に正しく泰然としている弘徽殿の中宮。 果たして、その言葉は本心だろうか。
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