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「…主上にこのような事をして頂いては、後宮にいる全ての女人に恨まれてしまいます。」
「朕が自らやりたいと言ったのだから、気にすることない。何かあれば朕がそなたを守る。」
こう言って主上は梦月の小袖の衿を綺麗に重ねる。なんと彼は、激しく着崩れてしまった梦月の衣装を整えてくれているのだ。主上が女御の衣装の世話をするなど前代未聞であるが、彼がやりたいと言ってきかないのだから、梦月は従うしかない。
梦月は主上にされるがままの状態で、彼が膝を付いて丁寧に梦月の紅の長袴の緒を結ぶのを見下ろしていた。
…男にこうして衣装を着せられるというのは、流石に少々気恥ずかしい。
主上は長袴の緒を綺麗に締め上げると、ふと手を止めた。そして、すん…と梦月の胸元の辺りで鼻を鳴らし、小さく息を飲む。
「…そなたは、いつも得も言われぬ良い香りがする。」
梦月の甘やかな香りに当てられて、僅かに頬が上気する主上。それを見た梦月は苦笑いした。
「着付けている最中に顔を赤らめないで下さいまし。これでは油断も隙も無いではありませんか。」
「…朕はよく耐えている方だと思うのだが。」
確かに、主上は何度か梦月にお預けを食らっている。梦月は目を瞬かせて、ばつが悪そうにそっぽ向いた。だんまりを決め込む梦月を見て、主上は困ったように一笑。彼は首尾よく梦月に袿を着せると、今度は枝桜文様の小袿を手に取り、優しく梦月の肩に掛けた。
「…他の妃の皆様は、藤壺の女御様の懐妊について、何か仰っていましたか?」
小袿に袖を通しつつ、梦月が不意に訪ねる。梦月でさえ、胸に棘が刺さったような思いをしたのだ。弘徽殿の中宮や、雷鳴壺の更衣の心労は如何ばかりだろうか。
梦月の問いに主上は一瞬動きを止めて、そして気まずそうに視線を落とした。
「……唯一、中宮が祝いの文を寄越してきた。此度の懐妊は非常に喜ばしいことだ、と。」
「喜ばしい…ですか。」
清廉で、常に正しく泰然としている弘徽殿の中宮。
果たして、その言葉は本心だろうか。
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