21/25
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
「ごめんねー、朝飛君。彼女が火を放ったってのも実は嘘なの。彼女は灯油を用意して家に撒いただけ。心中する覚悟があったのに、佳純を殺していいか迷った。今は、朝飛君を見捨てていいか迷ってる。冷徹にも、無情にもなり切れない、牙が削がれた猛獣。ーーううん。愛くるしい小型犬ってところかな」 「私、は……」 皮肉が、桃瀬さんの口を動かした。怒気を含んでいる。なのに、怒りを抑えているようにも感じ取れた。 「罪悪感など、感じてない。お前も殺せるし、あいつも見捨てれる」 「だーかーらー」 歌うように、死の恐怖など感じていないかのように、才原紫音の口調は溌剌としていた。 「それができるのなら、その場から動けているって。私をーー殺人鬼を殺したいのなら、無関係の飛とも巻き込むぐらいの覚悟はしなきゃ。というか、佳純も彼も、無関係とは呼べないわよ」 「……」 「佳純は言わずもがな。私の協力者だった。彼は、私もあなたも利用していたのだから、関係ないとは言えない」 「利用?」 「うん」と、才原紫音は俺に顔を移す。桃瀬さんを注視しないのは、彼女が立ち竦んで、動かないと理解しているからだろう。 それとも、視界の端では注視しているのだろうか。 「私はさっき言ったように気晴らしのため。彼女は、私が朝飛君を口封じするタイミングを狙ってた、かな。私が朝飛君に種明かしするのを待ってたのよ。私の性格上、寝込みを襲うってやり方じゃなく、全部明かしてからって予想して。私が朝飛君に夢中になってたら、隙が生まれて殺しやすくなるでしょ?」 予想通り、才原紫音は俺を拘束して、自らの正体を明かした。長々と語った。だけど、隙は一切ない。 才原紫音は、桃瀬さんの闖入を予期していた節がある。予想した上で、桃瀬さんが予想していた行動を取った。 相手の手のひらの上に乗っても、転がされないと分かっていて。そして、気付けば手のひらの上に乗せられている。 才原紫音は、一枚も二枚も上手だ。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!