22/25
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/270ページ
「彼女が朝飛君を利用し始めたのは、朝飛君が歯科医院に聞き込みに行った時辺りかな。朝飛君、歯科医院の近くで私とすれ違ったって言ってたけど、それ私じゃないの。私、あの歯科医院には近付きたくないから」 椎葉佳純さんが独断で歯型を残した歯科医院。才原紫音にとっては、悲劇の場所でしかないのか。 「じゃあ、あの時の桃瀬さんは……」 「彼女よ。その時から朝飛君は利用されてたの。きっと尾行もしてたでしょうね。心当たりは?」 「……あっ」 「あるのね」 今日、家を探している最中、背後から視線を感じた気がした。あれは、桃瀬さんだったのか。 見抜かれていたのが屈辱なのか、桃瀬さんは悔しげに唇を噛んでいた。 ーーいや、その情報を与えたのは、俺だ。俺が才原紫音に、桃瀬さんが狙っていると教えたようなものだ。 自責の念に駆られ、桃瀬さんを視界に収めることができず、俯くことしかできなかった。 才原紫音が愉快に喉を鳴らして笑う声が耳に届く。 「朝飛君を利用して、無関係じゃないって親切に教えてあげたのに、突っ立ってるだけなんだ。本当に私を殺す気あるの?」 「ある!」 「じゃあ来なよ。意趣返しじゃないけど、あなたのために同じ状況を作ったのよ。後はあなたが火を放つだけ。それで私もあなたも彼も死ぬ。復讐達成。やったじゃん」 才原紫音が家に灯油を撒いたのは、一月の桃瀬さんの行動を真似したのか。 椎葉佳純さんが亡くなった原因。桃瀬さんには、トラウマに近いのかもしれない。 椎葉佳純さんは才原紫音の、ムラサキ殺人鬼の協力者だった。桃瀬さんの姉を標的にしたのは、彼女だ。 椎葉佳純さんもムラサキ殺人鬼と呼んでも過言ではない存在なのに、桃瀬さんは罪悪感を抱いている。 才原紫音を守るために歯科医院に行き、家に火を放った。桃瀬さんと心中する覚悟があった。 自分を超える覚悟を前にして、心を動かされてしまったのかもしれない。きっと、本来の桃瀬さんは優しい性格なのだ。 姉を殺害されても、復讐を誓っても、根本的な部分は変わらない。人を殺す度胸は、きっとない。 協力者を、無関係な人を巻き込めない。心中する覚悟があっても、最後の一歩で踏み留まってしまう。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!