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1・風鈴の音色に誘われて
少し田舎な街の中心。
マンションがちらりちらりと立ち並び、街灯が申し訳程度に公道を照らす。
街灯に寄ってくる羽虫は、更に明るい光を求めて、空を舞う。
遠くには畑も見えて、時にはここを猪や鼬、狸が人目に晒されないように右往左往することもある。
けれど、住民は必要以上に騒ぎ立てず、庭先に餌を置いて、獣達はそれを甘んじて受ける。
獣達の食べ残しは虫の餌となり、土に還る。
羽虫はそんなことを知って知らずか、見回すように周回すると、他よりも背の高い純白の建物を目指す。
屋上からライトに照らされたその建物は、白く輝き、少し田舎なこの街中では、目を引く存在感を漂わせている。
建物の横には専用駐車場があり、朝昼晩お構い無しに車が行き交う。
田舎らしく、駐車場にはゲートもなく、ただの通り道にする車も見受けられる。
駐車場の入口には『正面玄関』と書かれた看板に、これまた眩く目立つライトが照らされ、そのライトの先にはこの建物の看板が大袈裟に飾られている。
『四季の丘病院』
病床120床の個人病院。
特別、有名な先生もいるわけではない、地方の中の下程度。
救急車も1台来れば、「忙しかったね」なんて声が聞こえてくる。
「彩、仕事終わったらさ、カラオケ行かない?」
1人の女性が振り返り、肩にかからない程度に伸ばした巻き髪をこね回しながら、大きな瞳を天井に向けて呟いた。
「疲れたからいいや。朝からは流石にきついし、超眠っ」
溜息と一緒に緊張感も抜けるように項垂れて、ポケットから携帯を取り出した。
携帯を持ち歩くのは医療職においては余り褒められるものではなかったが、彩にとっては当たり前だった。
「あぁ。今日、お昼に買い物行くんだった。忘れてたぁ……」
「なになに? デート? 彩、モテるもんね」
「なぁにいってんさ。私、中学以来、彼氏いないんだけど」
「そうだったね、一途な上に、自分から好きにならないと付き合わないストイック女子め」
「志梨には言われたくない。志梨がチャラすぎなだけでしょ」
「おぉー? 親友にそんなこと言うかぁ?」
志梨は彩の脇に手を伸ばすと、戯れるように脇をこねくり回す。
「あっ…あぁ! ……こちょばゆっ!」
「露っぽい声は出せるんよね」
「変な確認すんな!」
こうして朝を迎えるいつも通りの夜勤明け。
朝日を迎える1日は酷く体が重く、青いカラーコンタクトと、明るめの茶髪、艶やかな唇も朝には随分と色褪せて、顔色も優れない。
「彩、おつかれー。じゃねー」
「はいはぁーい。おつたん。あー、どちゃくそ眠っ」
彩はフットワークの軽い私服に着替えて、病院の職員通用口の扉を潜ると嫌に突き刺す太陽に目を細める。
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