水辺に潜む

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 壬生さんが丑の刻参りを行うとしていると気付いた西院は、彼女の行動を監視している中で、呪術儀式に喪失条件が存在していることを知る。  その条件を利用し、彼は北野さんの殺害計画を思い付いた。 「……でも、殺す必要まであったんでしょうか。そもそも、呪詛に人を殺す効果があるとは思えませんし」 「確かに、丑の刻参りが不能犯に分類される通り、呪いと事象の因果関係を立証するのは不可能や。呪い殺されるのが怖くて殺してしまいました、なんて通用しいひん」  そこまで告げて、先輩は一度口を噤む。  つまり、今回の事件は呪詛を恐れた末のものではなく、明確な殺意を持った犯行であるということだ。 「動機は、彼女との婚約を無かったことにするためやったんやろ」 「それって……」  婚約を破棄するためには、正当な理由が無い限り慰謝料のやり取りが発生する。それも、相手が投資をしてくれていた人物ともなれば、その同等額を要求される可能性もゼロではない。  彼はそれを危ぶんだ。 「そんなん身勝手です。それなら、例え偽りであっても関係を続けてた方が北野さんにとってはよっぽど幸せやったはずです」 「うん。でもそれは北野さんにとっては、ね」  今宮先輩は静かに目を閉じ、ゆっくりと開く。  その表情は嫌悪感を抱いたものでもなく、悔しさを込めたものでもなく、ただやり場のない虚無感を圧し殺しているように感じられた。 「西院の傍には、もう一人女性がいたんや」 「えっ」 「彼女の存在が、北野さんを殺害するに至った最大の理由や」  私は無意識に拳を握りしめた。 「その女性は西院の大学時代の先輩で、優秀な経営コンサルタントや。多分、彼女の力を借りれば会社を蘇らせることも夢やなかったんやろな」  当然、いくら資金集めたとしても下手に足掻き続けるだけでは会社を立て直すことはできない。しかし、有能なコンサルタントである彼女の登場によって、その夢想は現実味を帯び始める。 「それで、西院は彼女からある条件のもとで、社員として会社の再建に全面協力すること提案された。それが彼女との結婚や」 「結婚? なんでそんな急に……」 「それが急やないねん。二人は学生時代、恋人同士やったらしくてな」  その言葉から、私ははっと思い出す。  いつか何かのメディア媒体で西院の姿を目にしたことがあった。周囲から眉目秀麗の鬼才だと評される通り、その見た目は三十代であるとは思えないほどに若々しく、整った容貌をしていたことを覚えている。  そんな、表舞台に立つ人間であることを象徴するような華やかな容姿の男性を、彼女は忘れることが出来なかったのかもしれない。 「西院が彼女のことを振ったって話やから、彼女がまだ一方的に想いを寄せてはったんかもしれへんなぁ」  だとすると、西院はその女性を愛して選んだわけではないということだ。ただ、その強引とも言える交換条件を飲んでしまうほど、彼は会社の経営に苦しめられていたということなのだろう。  彼女がどれほど優秀で、信頼できる人物であるのかは私には分からない。  それでも私は、西院が北野さんを愛して婚約を交わしたことは嘘ではないと信じたかった。
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