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「あんた――ブツゾウだろ?」  あたしの声に、壺川はゆっくりと振り返った。長身、痩せ形、やけに長く見える腕の先の、やけに長く見える指を顎の下に当て、のっぺりとした顔を傾けている。 「どちらさまで?」  寝起きのような半眼で、唇をほとんど動かさないで喋る。成程ブツゾウである。 「あたしは、葛城。葛城亜希子ってもんだ」  ブツゾウ、こと壺川は、あたしの上から下までをさっと見た。 「成程。では、葛城さん、ご用件は?」  あたしは、勢いで喋ってしまおうとして失敗し、何度か口をパクパクさせた後、ああ、もうと足を踏み鳴らした。  そんな、あたしをのへーっと眺めていたブツゾウは、大きくも無く小さくも無いが良く通る声で、あたしにこう言った。 「ところで、最近肩が凝るでしょうな。ああ、ああ、否定も肯定も結構です。あなたの頭の上に、どっしりと鎮座しているふくよかな猫、その名前――マタ――ああ駄目だな。やはり教えていただけるとありがたいですね」  あたしは、目を瞬いた。  ブツゾウは霊が見える、というのは有名な噂話だ。とはいえ、よくある人を揶揄する類のものじゃなく――昨日の晩飯や、誰と誰がつきあってるとか――それと同じレベルの噂だ。  あたしは部活の先輩から、お前らの学年に霊能力者がいるんだってな、とその噂話を聞き、友達に確かめ、ブツゾウのクラスの人間にそれとなく探りを入れ、ジワジワとストーカーのように調べ上げていった結果が、本日の邂逅というわけである。まあ、下校の途中で、見かけたんで、これ幸いと声をかけただけだけど……。 「マタエモン……ふーむ、成程。失礼ながら、勢いで決めた感満載の名前ですな。しかし、それでいてしっくりくる。名は体を表す、というよりも、名に体が合わせた、という感じで?」  ブツゾウは、はっはっはと笑った。  遠まわしに軽くディスられた気がするが、この際それは無視だ。問題は、噂がどうやらガチだったということだ。 「お前、マジで見えるのか」  ブツゾウは肩を竦めた。 「見えますな。まあ、公にしてる事じゃありませんので、公表は控えてください。普通ならば、ここは否定するところなのですが……」 「ほう? で、何であたしには否定しなかったわけ?」  ブツゾウは、そりゃあ、と壁に寄り掛かった。 「友達やらクラスメートから、お前を嗅ぎまわってる奴がいるぞ、と言われましてね、なんだそりゃと注意してみると、成程、中途半端な距離から僕を観察している茶髪の女子がいる」 「バレてたか」 「いやあ、クラスメートに霊云々の事を聞いて回られたら、そりゃ気づきますよ。こりゃ、中々の行動派だ。否定したら更に色々と探し回って騒がしくなるかもしれない。ならば――」 「そっか……隠してたのなら、すまなかった。これ、この通り」  あたしは頭を下げた。ブツゾウはあらら、と言った。 「あっさりしてますね」 「まあね。あたしの目的は、マタエモンが傍にいるか見てほしかったわけで、それは終わっちまった。あのでぶちん、やめろって言ってもすぐに頭の上に乗ろうとしてな、大変だった……」  あたしはぐすんと鼻をすすった。ブツゾウがぬ~っとティッシュを差し出した。 「更に泣かせましょうか。マタエモンさんは、大変あなたに感謝し、あなたにまだ甘えていますね。まあ、いずれは転生するものなのですが、転生した後も、あなたに飼われたい、と言ってますね」 「ま、マジで!?」  あたしはぶわっと涙を流し、あびゃびゃびゃとか、そんな感じで泣きじゃくって、鼻をかみまくった。ぐじゃぐじゃになったティッシュをゴミ箱へ捨てると、ふう、とあたしは息をつく。 「いやあ、ありがとうな。良いこと聞かせてもらったわ……。  んじゃ、あたしそろそろ帰るわ! あ、安心してくれ。明日、『実はブツゾウは霊が見えない』って周りに言いふらして、火消しに入るからさ」  そういって踵を返そうとするあたしの手を、ブツゾウはさっと握った。 「いや、それは結構です。ところで――バイトしませんか?」 「……は?」  ブツゾウはあたしの手を離すと、ゆっくりと顔を近づけてきた。 「実は、今夜ある仕事をすることになっておりまして、その助手をやっていただきたいのですな。バイト代は10万いただけるので――あなたが6、というのは如何でしょうか」 「お前……どう考えたって、そんな話に乗るやつはいねーだろ。しかもあたしの方が多いって、それ、エッチな奴か、危ない奴じゃん」  ブツゾウはゆるゆると首を振った。 「エッチではありません。しかし、危険かもしれないのは認めます」  ほらな、と呆れるあたしに、ブツゾウは指をちっちっちっと振った。 「だが、これは、あなたにしかできない仕事でもある。どうですか、話だけでも聞いてみませんか?」
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