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リクが泊まりに来る日の朝、いつもより早く目が覚めてしまった。
一階に降りていくと、両親は旅行に出かけるところだった。
「凪、後のこと頼んだわね?」
「うん、心配しないで行ってきて」
「海人はまだ起きてこないのか?」
「昼過ぎまで寝てんじゃない?」
「晩御飯さ、海人にはリクちゃんと外で食べてきていいって言ってあるから。凪は好きにしていいからね。明日の朝ごはんも作らなくていいから」
「うん、わかった」
「あんまり遅くまでうるさくしてるようだったら、ご近所迷惑になるから一言言ってやって?」
「わかってるって」
「じゃあ、戸締り気をつけてね」
「明日の昼過ぎに帰ってくるから、留守番頼んだぞ?」
「はぁい」
父と母が出かけた後、私は特に何をするでもなく…テレビをつけて、簡単な朝ごはんを作った。
海人は全く起きてくる気配がなかった。いつまで寝てるつもりだろう…? 朝ごはんを終えて二杯目のコーヒーを入れ、寛いでいるときにドアホンが鳴った…リクだ。ドアホンのスイッチを押し「開いてるからどうぞ」と声をかけると、ドアが開いてリクが入ってきた。
「お邪魔します。海人は?」
「まだ寝てる」
「じゃ、起きるまで待ってようかな。あ、これ母さんから」
「ありがと」
「凪ちゃんに会いたいから今度遊びに来て、って言ってたよ?」
「ほんと?私も会いたいけど、お母さんのほうがおばさんに会いたがるかも」
そんな会話をしながらおばさんのお持たせを開ける。
「リク、コーヒー飲める?淹れたげよっか?」
「うん、いいの?」
「いいよ。そこら辺座ってて」
リクにソファを勧めてお湯を沸かし、コーヒーを入れた。おばさんにいただいたお菓子を菓子皿に盛り、コーヒーと一緒にリクの前のテーブルに置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
スマホをいじっていたリクは、顔を上げてそう言った。一瞬、間近で目が合って…その、コンマ数秒で心臓がどきん、と跳ねた。
自分の分のコーヒーのおかわりを入れながら、リクをちらりと見る。リクってあんなに…大人っぽかったっけ?
「凪ちゃん」
「ん?」
「凪ちゃん、幾つだっけ?」
「歳の話?24だけど」
「24かぁ…なんか、大人だな?」
じっと見てくるリクの視線に、少し居心地が悪い。
「ねぇ。働くのってどう?」
「どうって?」
「楽しい?」
「楽しいっていうか…まぁ、やりがいはあるよ?大変なときもあるけど」
「そっかぁ」
「なんで?」
「まぁ、将来のこととかさ。色々考えるんだよね、最近」
「どんな仕事に就きたい、とか、そういう夢ってあるの?」
「まだそこまで考えてないんだけどね」
「そっか。まぁ大学始まってからゆっくり考えてもいいんじゃない?」
「うん。でもなんか、あっという間に就活始まる気がする」
それから、高校のときの話や大学の専攻の話、アルバイトの話なんかの雑談をした。もうじき始まる大学生活を楽しみにしているリクの顔を、相槌を打ちながら観察する。幼かったリクからは想像もできない成長した姿。顎のライン、こんなにシャープだったっけ?頰も、もっと丸くて柔らかそうな印象だったけどな。くりっとした目は前と変わらない。けど、眉毛にもみあげ…見れば見るほど男らしくて凛々しい。数年会わなかった男の子が、いつの間にか大人に成長したことを実感して、話しながらドキドキしているのを隠すのに必死だった。
「…いるの?」
「え…?え、何?」
「聞いてなかったの?」
「ごめん…ちょっと、ぼーっとしてた」
「彼氏いんの?って聞いた」
「…は?」
「彼氏。いるの?いないの?」
「いない、けど」
リクの目、綺麗…深みがある焦げ茶色。透明度が高くて、吸い込まれそう。
「凪ちゃん綺麗になったよね。高校生のときも大人っぽくて綺麗だな、って思ってたけどさ。もっと綺麗になった」
「え…あ、あり、がと…」
突然褒められて、びっくりした…照れくさくって俯く。
「で?彼氏はいないの?」
「うん、今はね…別れたばっかり」
「いつ?」
「うんと…三ヶ月くらい前、かな」
「振ったの?振られたの?」
「振られたけど。なんで?」
「そいつのことまだ好き?忘れられない?」
矢継ぎ早の質問に、引いてしまう…リク、どうしたの?
「別にもう…別れたし、好きじゃないけど」
「他に新しく好きな人ができた、とかは?」
「ないけど」
「じゃ、オレがアプローチしても問題ない、ってことだよね?」
「…え?」
「オレ、凪ちゃんのことが好きだ」
突然の、まっすぐな告白に耳を疑った。リクが、私のことを好き…?
改めてリクを見る。私と目が合うと、にっこり微笑む。その笑顔に、少年の頃の面影はあるけれども…。
「高2のときに初めて女の子と付き合ってさ。でもなんか違う、ってずっと思ってた。この前凪ちゃんに久しぶりに会って、すげぇときめいちゃって。あ、オレ、もしかしてずっと凪ちゃんのことが好きだったのかな…って、思ってさ」
照れながら話すリクの様子は、初々しくて可愛かった。
「今、好きな人がいないなら…オレのこと、真剣に考えてもらえないかな?」
そう言いながらリクが手を伸ばす。筋肉がほどよくついた腕。骨ばった、長くて太い指。きちんと切り揃えられた四角い爪…。
「凪ちゃん…」
「あれ?リクもう来てたん?」
私の腕に触れる寸前にリビングのドアが開き、海人が声をかけてきた。
リクは何事もなかったようにすっと私から手を引いた。
「姉ちゃん、オレもコーヒー飲みたい」
海人は何も気づかなかったみたいで…欠伸しながらソファにどかっと座ると、新聞を広げ始めた。
「あ、うん。今入れるね」
キッチンに立ち、お湯を沸かす。ああ、焦った…。
リクと海人は新聞を見ながら喋ってる。私のことはもう眼中にないかのように振る舞う、リク。
コーヒーの入ったマグカップを海人の前に置く。
「姉ちゃん、コーヒー飲んだらオレらちょっと出かけてくる」
「いいけど、あんまり遅くならないでよ?」
「わかってるって」
「先に寝ちゃうかもしれないから鍵持ってって」
「わかった」
リクと海人は、コーヒーを飲むと出かけてしまい…私は家に一人、残された。
リクが言った言葉を反芻する。
「アプローチ、って…」
弟の幼馴染なんだもの…弟と同じにしか、見れない。6歳下なんて頼りないし、まだ学生だし。
頭ではそう考えて一生懸命気持ちを打ち消しているのに、リクへの想いはどんどん強くなった。
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