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相合傘はエコであるらしい
カランカランと窓の外からベランダの金属製の手摺で雨粒が弾ける音が響き出したのは、5時間目が終わる頃。
帰るまで天気が持つかと思ったのに、降り出しちゃった……。折りたたみ傘忘れてきちゃったのに。
とわは、ため息混じりに窓の外に視線を投げた。窓の外には重たげな灰色の雲が垂れ込めていて、今は小降りだけれどこれから止むことなく降り続くのは想像に難くない。
湊、傘持ってるかな?
梅雨時だけど、朝は降ってなかったから持ってなくてもおかしくない。そんなちょっと失礼な評価をしてしまうのは、別のクラスの付き合っている彼。帰りはいつも湊と一緒に駅まで帰る。クラスも違うし、電車は逆方向。ゆっくり一緒に過ごせる時間があまり無いから、自然とそうなっていた。
「家まで送る? 駅から濡れちゃうよ」
意外にも湊は傘を持っていた。正しく言えば、置き傘をしていただけではあるが。
「ビニ傘買うから大丈夫だよ」
「そう? でもエコじゃないじゃん。ビニ傘ってすぐ忘れたり無くしたりしない? 勝手に持ってかれる事もあるし」
「それはそうだけど。エコって……どうしたの?」
ビニール傘を学校に置き忘れていて、ちょうどそれで雨を凌いでいる湊の言葉である。色々と納得しかねる。そもそも、そんなエコなんて気にする人だったっけ? と湊を見てしまう。
「だって、俺がとわんち行く交通費と傘代と大差ないでしょ?」
「そっちじゃなくて、なんで急にエコ? それに、傘買うの私で湊じゃないでしょ?」
「確かに傘買うのは俺じゃないけど。こないだとわのお父さんと話した時にエコとかそういう話したから」
そうなの? ととわは湊を見てしまう。大学の工学部で教員をしているとわの父と湊が顔を合わせたのはつい先日のこと。その時、とわは途中で飽きてリタイアしたけれど、湊と父は意外にも楽しそうに色々と話していた。父の話はどうにも文系のとわにはしっくり来ないけれど、理系で一応工学部志望の湊には違うらしい。
「消費する時の燃費だけじゃなく、開発の費用、作る時のコスト諸々全て考えると何がエコと言えるのかは分かんないっていうか、なんかその辺の話。まぁ、それでも今使う分って考えたら、俺が送ってったら傘一本分は消費しないからエコって言えるんじゃない? 電車は俺に関係なく走ってるしさ」
そんな会話をしながら駅へと向かい、『まもなく3番線に電車が参ります』とホームに無機質なアナウンスが聞こえてきて、とわと湊が階段を駆け上がるその途中で、おもむろに湊が「ねぇ」ととわに呼びかけた。
「レモンタルト食べたい」
「え?」
湊が何か答えたのが唇の動きで分かったけれど、ホームに滑り込んできた電車の音と風に全て飛ばされて、とわの耳には届かない。
「さっきなんて言ったの?」
電車に乗る前にとわが問いかけると、答える代わりに湊の手で背中を押されて電車に乗せられた。そのまま、逆方向のはずの湊も乗ってくる。
「あれ? 湊?」
「ん、レモンタルト食べたいから。さっきコンビニにあったでしょ?」
とわの口から「あぁ」と微かに声が漏れた。確かに涼し気な青と白のストライプに爽やかそうなレモンが描かれた期間限定スイーツ・レアチーズレモンタルトの旗がコンビニの駐車場にはためいていた気がする。だけど、それと湊がとわと同じ電車に乗る理由が繋がらない。
「俺んち、帰る途中にあのコンビニないもん。とわの家なら帰る途中にあるでしょ。 買って帰って一緒に食べよ? コーヒー入れてよ」
ね? と、悠然と微笑んだ湊の背後で、プシューっと音を立ててドアが閉まった。
「とわとレモンタルト食べれるし、とわにコーヒー入れてもらえるし」
そして最後に一言、取ってつけたように付け加えた。
「とわは傘買わなくていいからエコだし」
「絶対エコ関係ないし」
「そう? そんなことないよ。傘一本分は確実に違うでしょ。それに、俺とわの事送ってくんじゃないからね? とわにコーヒー入れてもらってレモンタルト食べる為にとわの家に行くんだから」
何事も、物は言いようである。
―――
相合傘はエコであるらしい end
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