新しい芽2

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新しい芽2

宿につくと、シローはアレクに部屋へ来ないかと誘われた。丁度、シローも花を渡したかったので、一度荷物を置くと、隣へ行く。 ノックをすると返事があり、部屋へ入るとアレクがお茶を入れていた。 「シロー?その包みは?」アレクがシローの抱えている包み紙に気づき、カップを置く。 「うん。アレクに・・・その、花、なんだけど・・・」そう言った瞬間に、アレクの顔にぱぁっと、笑みが広がる。 (うわ、眩しい。)シローは背後にまた花畑を見た。だんだんグレードアップしているように思う。 「開けても?」 「ああ。気に入らなかったら・・」 「それはない。」即答で答えられ、取り出される。 「・・・これは・・・」それはアレクも見たことのない木だった。 「『カワケイセン』もうすぐ咲くと思うから、花が落ちたら、庭に植えれる。」シローはカップを受け取り口をつける。 「・・その、・・・感謝の気持ち・・・」ぼそり、と言う。 「花言葉は?・・・いや、自分で調べよう。ありがとう、シロー大切にする。」アレクはもう一度見ると、テーブルに置き、荷物から紙袋を取り出す。 「私は・・・これだ。」アレクが紙袋をシローに手渡す。 「開けても?」シローはアレクが頷くと紙袋を開ける。 「これは・・・」 それは、皮の道具入れだった。正確には、暗器などをしまうものだ。けれどサイズが小さい。 「・・・色々考えたのだが、昼間見た時にシローは足には何もつけていないように見えたから、これは、ここへ巻くものだ。」そう言って、アレクはその皮をシローの腿にあてる。 「ああ・・・なるほど。それで、これはスチル?」皮の端に邪魔にならないように縫い付けられている石がある。 「ああ。これならば、身につけやすいだろう。・・・人を殺せないお前に、このようなものを与えるのも、どうかとは思ったが・・・」 「・・・そんなこと、ない。」シローはアレクの表情が曇ったことに反応した。 「ありがとう。大事にするよ。」シローは皮を握った。 「ああ、そうそう、これオマケだってさ。」シローは思い出したようにポケットから飴を取り出す。 「飴?」 「もらったから、一つどうぞ。」そう言ってシローは自分も口に入れる。 「それにしても、シローがミラルクを弾けるとは思わなかったな。なかなか美しかったが、あれは何という曲だ?」 「ああ、あれは『アヴィニョンの橋の下で』っていうフランスの曲。ラスティがフランス人だったからな。・・・俺とは国が違うけど、あちらの曲だよ。」そう言うとアレクはふと顔をあげて、 「シローの国の歌も聴いてみたいものだな。」 「はぁ!?・・・無理、俺5歳までしか居なかったんだよ?知ってる曲なんか限られてるよ・・・」 「簡単なもので良いのだが・・」 「うーん、『さくら』?」アレクはすっかり曲を聴くつもりでベットに腰掛けている。 シローはため息をつきながら、窓辺に立つ。 静かに月夜に照らされるシローを見ているだけで、アレクは心がざわざわと動く。 (これでも、シェルの所為だと・・・?) テノールに乗せた『さくら』は静かにアレクの心へ入ってきた。聴き慣れない曲は、それでも何故かアレクには懐かしかった。歌い終わるとアレクは拍手をする。シローは照れたように笑うと、 「さくらは国花でね。毎年春になると花見をするんだ。国民的行事だよ。古語だったから、わかりにくいだろ?」 「シローの国の人間は、雅だな。」 「・・・あーきっとアレクが考えてるような雅さは一部だけで、民間人は酒飲んでどんちゃんやるだけだから。」シローはこれが貴族との差か・・などと思いながらアレクの隣に腰掛ける。 「俺は日本語で歌ったつもりだけど、エトルリア語に変換されてるんだろーなぁ・・・」残念、とシローはつぶやく。この歌こそ日本語でないと意味が無いから。 こちらの言葉の概念として、口語の変換機能は『渡る』時に付属でついてくるらしい。それが、多少訛っているのは元々の言葉の所為だそうだ。 シュレインが言うには、シローは皇族の一部で使われているーつまりリリアナの言葉に似ていたため、皇族訛り、と言われたが、実際のところは、自分が日本語をしゃべっていても、エトルリア語に変換されており、他者がしゃべった言葉は日本語と聞こえても、エトルリア語として認識される、というややこしい話になっていた。 さらに言うなら、筆記は先ほどラスティが言った通り、ラテン語に似ているためシローが苦労したというのは筆記である。 これもどのような関係でそうなるのかは不明だが、渡り人たちは皆そうだというのだから、仕方が無い。 「・・・日本語?シローは日本人なのか?」 「!」シローは驚いた。 普通、こちらの人間が「日本人」と発音すると「ニホンジン」とどこか違う音になるのに、アレクは綺麗な日本語だったからだ。 「日本語だ。アレク、なんでそんなに綺麗に発音できるんだ!?」 「・・・母が、日本人だからな。」 「へ?」 「言っていなかったか?母上が日本人なのでシローの言葉には懐かしさを感じる。・・・そういえば、会いたいと言っていたから、機会があれば会ってやってくれないか。」 「えええっ」シローは驚いた。どう考えても目の前の人間には日本人のにの字も含まれているとは思えない。 だが、発音から言えば完璧だ。 「・・・・わかった・・・」シローは驚いてアレクをまじまじと見る。 そこで、様々なことが一気に解決した。 箸が何故『バッキー』の店にあったのか。アレクが箸に興味をしめし、使ってみたかったのか。 他にも心あたりのあることは沢山あるが、それもすべて。 (上に日本人がいたら、そりゃ文化も広まるわな・・・)シローは納得したのだった。 シローが部屋を出て行くと、ぬくもりが消えたようになった。 踊り子と一緒に見かけたときは、多少妬いた。その後『渡り人』だと聞いて、喜々として話すシローを見て、自分に紹介するのではないかと気が気ではなかった。 アレクにはそんなものは要らないのだ。 (シローしか要らない。) まさか花を(木だが)贈ってもらえるとは思っていなかったし、思いがけずやはりシローは母と同郷の人であった。 アレクは先ほど録画したシローの歌う姿を再生する。 (・・・美しい・・)伴奏も上手かったが歌も上手い。歌の意味は知らないが、今度母にでも聞いてみよう。さくらという花のこともわかるかもしれない。 (シローが欲しいのなら召喚してみてもいいな。)などと物騒なことを考えているのは置いておいて。 アレクは荷物からいくつかの本を取り出すと、ページをめくりだした。 『カワケイセン』 あまり知らない木だったが、皮を乾燥させて使うのが常の薬草らしい。 シローの薬学書を荷を積む関係でこちらに預かっていたのが役に立った。 花言葉は『親愛』『感謝』 それとは別に、 木の芽が出ているときは『芽吹く想い』 そして、 花が咲いたときは『相思相愛』 アレクは思わず口を覆った。 (・・・これは・・・そう思っていいのか・・・?)歓喜の嵐が身体を駆け巡る。わざわざ薬剤書にしか載っていないような木を贈るのだ、シローが意味を知らぬわけはない。 (シローも私を求めてくれているのだと、そう思っても・・・) 一ヶ月ほどすれば花は咲く。 (それまで、待て・・・ということか。)アレクはくすり、と笑ってシローを想う。 アレクの心にぽっと灯りが点ったようだった。 この日以降、シローに対するスキンシップが増えたのは言うまでもない。
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