決意

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決意

*  気落ちしたまま素麺を茹でていると、玄関が開く音がしてハルトが帰ってきた。 「ただいま、チル。……あれ、今から茹でてんのかよ。腹減ったのに」 「ご、ごめん。色々コンビニとか寄り道しちゃって、遅くなった」 「無駄遣いするなって言ったろ」  ネクタイを外してシャツを脱ぎ、ハルトが部屋着に着替える。脱いだそれを丸めて脱衣所に放り投げるその背中に、俺は問いかけた。 「あの、ハルト。俺……本当にこの仕事やってもいいのかな」 「何でだ?」  鍋の火を止め、ハルトから視線をそらして呟く。 「だって俺、ボーイの皆と殆ど同年代なのに。俺だけ体売らないで電話番とか、あんまり良く思われないんじゃないかと思って……」 「………」 「だからって俺もボーイの人達と同じ仕事しろって言われたら、出来ないんだけど……。何ていうか、その……俺だけ楽してるくせに、皆が体張って稼いだ金を奪ってるみたいで……」  ハルトがTシャツの裾から手を入れ、腹をかきながら言った。 「誰かに何か言われたのか」 「い、いや別に。今日一日やってみて、何となく思っただけなんだけど」 「チル」  流し台に寄りかかって俯く俺の頭に、大きな手が乗せられる。大きく、そして温かな手だった。思わずハルトを見上げると、俺の頭から手を離したハルトがそのまま煙草を咥えて優しく言った。 「お前、売り専とか風俗って聞くと、好きでもねえ男に体を弄り回されるってイメージを持ってるだろ」 「……違うのか?」 「当然セックスを売り物にしてる訳だけど。俺の店で新規の客よりリピーターが多い理由、分かるか?」  黙ったまま首を横に振り、ハルトの目を見る。 「ウチでは露骨なエロ目的より、純粋に好みのボーイと楽しみたいって客の方が多いんだ。だから通常のプレイコースの他にも色んなプランを作ってる。店外デートプランもそうだし、飲み会イベントとか、カラオケとかな。指名したボーイと映画だの遊園地だの行く客もいる」 「そ、そうなんだ……?」 「俺はこの仕事で自分が稼ぐこともそうだが、それよりもボーイが安全に稼げることを優先してるんだ。そのために客の質は出来るだけ高く保つ。ボーイに手荒な真似はさせねえし、暴言一つだって吐かせねえ。新規の信用ならねえ客の所に行かせる場合は、必ず俺が現場に付いて行って直接客に『挨拶』するようにもしてる。……まあ、今の所ボーイの人数が少ないから出来ることなんだけどな」  そこまでしていると思わなくて、俺は思わず感嘆の溜息を洩らした。 「ボーイが客から貰う金の中には当然備品代とか人件費とか含まれてる訳だから、別にピンハネしてる訳じゃねえよ」 「………」 「こんな仕事だから偏見もあるだろうが、あいつらも嫌々体だけ売ってる訳じゃねえ……と、俺は信じたい。好き勝手に甘やかすつもりはねえけど、あいつらが安全に楽しんで稼げる場ってのを作りたいと思っててさ。チルも、それに手を貸してくれると助かる」
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