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「ここに来るのも久し振り。」
窓際に座り注文したメニューが届くまで、真は窓の外を眺めた。
「俺の家族と梨香の家族、母親同士が仲が良くてね。
昔から時々、入学式とかあると買物ついでにここに来てた。
俺の母親が亡くなってから、父は田舎に引っ越して、地元なんだけど今もそこにいる。新しい母親と二人でね。梨香の実家は今も同じとこだけど。」
「梨香とは小さい頃から一緒なんですよね?」
「うん、4歳かな。高校も一緒でそこで幸人にも会った。
梨香は男友達、姉貴、みたいな感じかな?大事だけど好きだけど男女の好きではないね。俺はそういうのが欠如してるみたいだね。」
真が話すとメニューが運ばれて来た。
食べながら聞いていいのか、踏み込んでいいのか水菜は悩んだ。
(踏み込むべきではない。また…傷付きたくはない。)
無言で食事をした。
「明日ね?」
「はい!」
急に真が口を開いて驚いて返事をした。
「梨香に話があると言われたんだ。水菜が言ってた事かなって思った。
辞めます、じゃないといいけど…。水菜にもかなり駄目男認定されているのは分かってるけど、梨香はそれ以上だと思うんだ。水菜よりずっと長く、女の子とフラフラしているの見てるからね。こんな社長じゃ…嫌にもなるよね?」
寂しそうに言うので思わず否定した。
「辞めないです。そういうお話ではないです。
それに…私は駄目男認定もしてません。最初は最悪でしたけど、今は社長として仕事振りには一目置いています。尊敬もしています。
まぁ、あれは少し…どうだろう…とは思いましたけど、でも、そういう方も見えるだろうと理解はしましたし、暴力振るうでもないし、無理強いでもない。
相手の方も全て分かった上ですから、それで仕事と割り切れた訳ですし。
きっとステキな恋人がお出来になったっと思っていたので、いないとお聞きして驚いてます。」
「恋人…いると思ってたのか?」
と、聞かれて、お肉を切る手を止めて顔を上げた。
「え?でも全部いないと、言われたので恋人の為かなと。」
「発作出ても…離れないし、どこまでも水菜のトラウマに付き合う覚悟がある。俺はね、気が付いたら……水菜が好きになっていたんだ。
笑ってほしい、笑顔が見たい、水菜の弁当が食べたい。
呼んだら返事が聞こえる距離にいて欲しい。
今はそれでいい。俺が他の人を好きだとは思わないでほしい。
それは、ちょっと辛い…。」
赤い顔をして下を向き、お肉を力いっぱい切る真がいた。
水菜は少し震える指をテーブルで隠れる膝の上に置いた。
パニックな頭で考えた。
(良い人…だけど、私には想像出来てしまう。
いつかこの人が、誰かをあの部屋に誘う姿が…。
仕事に夢中になり、私を見なくなる日が…。)
それが怖くて仕方がなく、指の震えは止まらなかった。
おもむろに真が席を立った。
隣に立つので水菜の身体はビクッと反応した。
膝の上の手をぎゅっと包まれた。
「ごめん。答えはいらない。秘書としてこれからもよろしく。
我儘な俺を支えて下さい。それだけでいいから。
もう、あの部屋には誰も入れない。社長室も、水菜が許可した人だけ。
楽しく働いて?それで…今、震えているのは寒いからだよ?」
そう言うと真は水菜の肩に上着を掛けた。
席に戻り笑顔で言う。
「結構、空調効いてる。もう2月だけど、料理が熱いからだね。
食べよう?寒いのは止まったでしょ?」
笑顔を見て、気がつくと指の震えは止まっていた。
「はい、いただきます。せっかく、七瀬さんの奢りですものね?」
そう言って真に笑顔を向けた。
(寒いからか……。)
違うのは分かっていた。
心遣いが嬉しくて、有り難くて……おかしくて、くすりと笑った。
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