【序章】

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 二人の姿が見えなくなると、シリウスは反対の方向へと歩き出した。野次馬の群れを通り過ぎ、その先の路地へと向かう。特に行き先があるわけではないが、足が向くままにただ歩き続けた。  街灯の下を歩き、やがて暗闇になり、そしてまた、街灯の光が現れる。しばらくそうして光と闇の中を繰り返し歩いていると、突然歩けなくなった。ちょうど街灯の無い、暗闇に位置している時だった。  シリウスは足元を見た。歩けない理由を知り、思わず感情が溢れ出す。そこにあるはずの足は無く、黒い地面が見えるだけだった。スカートの裾がわずかに消え、それは徐々に上半身へと侵食している。  消えるのだ。当然だ。それだけのことを、自分はしてきた。  彼はこの祭りで、爆発に巻き込まれて死ぬはずだった。そうなるよう、運命へと導いたのはシリウス自身だった。けれど、その運命を自ら妨げてしまった。彼が死ぬ未来を、どうしても受け入れることが出来なかったのだ。  再び変えてしまった運命に、世界はまた修正しようとするのだろうか。彼はまた死へと向かい、正しい未来がやってくるのだろうか。  シリウスはもう、その結果を知ることが出来ない。消えていく自身の身体を見ていることができなくて、視線を背けるようにして上空を見た。暗い夜空には、わずかに星が散りばめられている。 「あやめちゃん」  シリウスの口から、呟くように彼女の名前が流れ出る。  いつだったか、シリウスの名前は星からとった名前なのだと、彼女が教えてくれた。全天で一番明るく輝く星なのだと、そう言って嬉しそうに微笑んだ。その顔を思い出すと胸が締め付けられる。シリウスのした行為は、彼女に対する裏切りだった。  視界が白くぼやけていく。夜空に浮かぶ小さな星が、一つ、二つと見えなくなる。  一番明るい星だなんて、自分には似つかわしくない名前だ。それなのに、そんな大きくて美しい存在と同じ名前を自分にくれた。やがて空の暗闇が無くなり、視界いっぱいが白くなる。 「ごめんね」  言葉が宙に放たれ、シリウスの身体は消えた。お面が乾いた音を立てて地面に落ちた。
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