【序章】

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【序章】

 夜空の下、提灯の光が煌々と輝いている。無数の露店が並び、眩しい照明の下で様々な商品が売られている。  道いっぱいに溢れる通行人の中を、シリウスは走っていた。ゆっくりと歩く人の間を縫い、時折ぶつかりながら進んでいるので、走っていると言える速さではない。なかなか先に進むことが出来ず、気持ちばかりが前のめりになって焦りを増していく。  後方に伸ばした両手に、それぞれ二人の腕を掴んでいる。 「待って、そんなに急いだら危ないよ」  右手に掴んでいる人物が言った。紺色の浴衣を着た、二十歳前後の男だ。 「急にどうしたんですか」  左手に掴んでいる人物が言った。淡い水色の浴衣を着た、同じく二十歳前後の女だ。  シリウスは二人の言葉に答えることなく、ただ走り続けた。一刻も早くこの場から離れなくてはいけない、という焦りがそうさせているのだ。  男が通行人にぶつかり、慌てて謝る。女は下駄を引きずりながら必死で足を動かすが、何度も転びそうになっては腕を引き上げられる。周囲から非難の声を浴びながらも、ひたすら走ってきた三人は気づけば露店の一番端まで来ていた。  祭りの入り口とも言えるそこは、途端に明るさが途絶えて夜道が始まっている。暗闇の先には頼りない街灯が並ぶだけだが、これが日常の風景である。  シリウスは祭り場の外に出たことで少し安心したが、念のためもう少し離れておくべきだと、そのまま腕を引っ張った。道の反対側へ渡ったところで、男が戸惑い気味に言った。 「どこまで行くの。もう外に出ちゃったよ」  足を止め、二人の腕を離した。振り向いて顔を上げると、困惑した二つの視線が向けられる。二人とも走ったせいか、息が上がっている。 「ごめん」 「お祭り、嫌だったの?」  男の言葉に、シリウスは首を横に振った。 「あそこにいて欲しくなかった」 「何かあった? 誰かいたの?」 「ううん、そうじゃないんだけど……」  俯き、ワンピースのスカートを握り締めた。長い灰色の髪が肩から滑り落ちる。  風はなく、静かな暗闇だけがそこにある。二人の荒い息に顔を上げて見れば、女の首筋に汗が流れるのを見た。自分が走らせてしまったせいだと、少しばかり心が痛んだ。  三人の間に沈黙が流れた。何も言わないシリウスに、二人は困ったように顔を向け合う。男が何かを言おうと口を開いた。しかしその声は、突然聞こえてきた爆音によってかき消されてしまった。
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