1・クロユリ

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1・クロユリ

 ・      それは、真夏の暑さも幾分和らいだ九月の、小雨降るまだまだ汗ばむ夜のこと。  ビアガーデンに行きたいと朝から騒いでいた同僚に誘われたはいいが、夕方から降りだした天気のせいで会社近くの居酒屋に席をとった。暑さが苦手な僕としては、こちらのほうが有り難い。アウトドアな環境での飲酒はあまり好きじゃなかった。  わりと広い店内は、居酒屋と呼ぶには少しお洒落な様子で。中央の空間は普通のテーブル席、壁際は、ぐるりと全て半個室になっていて、入り口はカーテンで仕切れるようになっている。けれど、このカーテンは使用目的じゃなくインテリアとしてらしい。同僚の話では、それをするとやんわり注意されてしまうのだそうだ。なら、酔っ払いの難癖回避の為にも取り払ってしまえばいいのに……なんて思う僕は情緒がないのだと、普段妹たちから言われる男だ。  席に通してくれた店員さんがおしぼりを持ってきてくれる。 「ご注文はお連れさまがいらっしゃってからになさいますか?」 「っ、すみません。もうすぐ来ると思うので」 「はい。では、その頃にお伺いしますね。奥にベルもありますのでそちらでも」  空間は落ち着くが、独りは所在ない。早く来てくれ同僚よ、お前が予約したのだし――当の本人は、退社直前に捕まった営業先からの電話に慌てていた。大きなトラブルとかじゃなければいい。きっと腹を空かせているだろうし。昼から、何故か食事も控え目にしていた。ビールの為に水分をあまり摂らなくなるのはなんとなく解るが食事もなんて。ケーキの食べ放題に行く女子のようだと、いない同僚で苦笑する。  メニュー表を軽く見ながらおしぼりで手を拭いていたところ、隣の半個室に通された客の声に聴覚を持っていかれた。
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