1・クロユリ

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 ありがとうごさいますと隣の半個室から丁寧な対応が聞こえる。耳をすませるつもりなどなかった。けれど、その声は一字一句違わず僕の耳に入り込んできた。  隣はどうやら女の子二人だけのようで。そして、どうやら飲み会からの二次会のようだった。 「あ~あ……今日の男連中は最低だった。ごめんね~気持ち悪い思いさせちゃって」  聴覚を持っていかれなかったほうの女の子の声がしきりに連れの子に謝っていた。僕は何があったのかと、その瞬間から壁に耳をつける勢いで盗み聞きに興じてしまう。罪悪感や後ろめたさよりも、連れの子が遭遇した飲み会での気持ち悪い出来事が気になる気持ちのほうが勝った。 「あなたが悪いわけじゃないでしょ。気にしない気にしない」 「だって……まだ蕁麻疹引いてないじゃない」 「薬飲んだし、もうすぐ治るって。けど、もうわたしを飲み会の頭数に入れないでよね」 「え~だって~、綺麗どころは餌になるのよ。しかも、絶対持ち帰りされないし誰にもなびかないから、女子からも支持率高いのよ?」 「そこはそうなんだけど。だからって、わたしだってもう蕁麻疹出したくないし?」 「うぅっ……それはごめん」 「明日のランチ奢りで許そっかな。ま、――どうしても人が集まらないときは、頭数揃えないといけないっていうのは解るから、出るかも」 「ホントっ?」 「本当」  賑やかな会話は女の子特有の香りがあって、楽しくなさそうな内容なのに楽しげだ。  ……、ため息を自然とつく。いつの間にか握りしめていたおしぼりをテーブルに置くと、背中を隣との境界の薄い壁に預けた。  蕁麻疹は心配だが、とりあえず、それ以上の危険な目には遭っていなくて安心する。  ああそうか。今日は飲み会だったのか。だから帰りは遅くなると話していたのか。  聴覚を持っていかれたほうの声――友達と話すときはこんなふうに気楽に話すのかと新鮮だった――の彼女の今日の服装を、何故か思い出そうとした。
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