36人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
10-7
草の匂いがつんと鼻につく。
でもそれは嫌な匂いではなく、心を落ち着かせる匂いだった。
隣に寝そべるのは武。
週末、商店街を挙げて祝賀会を開くとことで、私と武は彼の実家に来ていた。何か手伝うことがないかと、時間早めにきた私達に弟の学くんは、二人で散歩でもしてきなよと家を送り出した。
しょうがなく、二人でぶらぶらと歩いていたら、武が来いよと私の手を掴んで走り出した。
そこはよく整備された公園で、綺麗に刈りそろえられた芝が広がっており、到る所に設置してある花壇には色とりどりの花が咲いていた。
週末ということで、遊び場には小さな子供達の姿が見える。
そんなにぎやかな公園で武は何を思ったのか、芝生に寝転んだ。
驚く私に隣で横になるように促し、私は恐る恐る芝生の上に横になる。
「いい匂い」
「そうだろう?」
隣の武は嬉しそうに、にやっと笑う。
「こうやって草の上に寝っ転がって空を見てると、なんか気持ちがすっとするんだ。まあ、時たま犬のフンとかあるから気をつけないといけないけど」
「嘘?!」
そんな匂いしないけど。
「冗談だよ。ここの芝生は犬の散歩が禁止されてるから大丈夫」
慌てて体を起こした私に武が笑う。
うわあ、優しい顔だ。
武もこんな顔できるんだ。
「何?」
「いや、そんな表情初めてみた」
「そうか?」
「うん」
「眞有。俺、父さんとかなり仲悪かったんだ。だから家を出た。だけど、この件があって、父さんに感謝されて、今までのこと謝られた。母さんが男と逃げて以来、父さんは母さんに似てる俺を見るのが辛かったらしい。嫌いじゃなくて、どう接していいかわからなかったみたいだ」
武はそう一気に言葉を吐き出すと、空に目を向ける。その瞳は涙で潤んでるように見えた。
そんなことがあったんだ。
それは初めて聞いた話だった。
だから、あの時、あんなにぎくしゃくしてたんだね。
でも、やっとお父さんと仲直りできたんだ。
よかった……
「武。よかったね」
ごろんと芝生に横になり、武に寄り添うとその手に触れる。彼はびくっと体を揺らした後、ゆっくりと私の手を握り返した。
見上げる空には白い雲がぽっかり浮かび、ゆっくりと流れていた。
私達は二人でじっとその動きをみていたが、しばらくして急に武が体を起こした。
「眞有」
そして私を呼ぶと、その黒い瞳を向ける。
「眞有、本当にありがとう。俺、やっぱりお前とずっと一緒にいたい。だから、俺と付き合って」
「もちろん」
体を起こし、武を見つめ返す。
私はずっと武が好きだった。
でもその想いに蓋をしてきた。
気持ちを誤魔化して友達という関係でいいやと思っていた。
でも付き合ってみて、恋人と言う関係になり、彼がもっと好きになった。
迷ったこともあったけど、武のことがやっぱり好きだ。
彼は私の最高の男友達で、最高の恋人だと思う。
「眞有」
彼の端正な顔が私に向けられる。そしてぎゅっと抱きしめられた。
私の唇に彼の唇が重なり、その日、私達の関係は完全に友達から恋人になった。
最初のコメントを投稿しよう!