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小さな頃、熱を出すのが楽しみだった。
残念ながら生来丈夫な性質で、めったに風邪などひかなかったのだが、
それでも二、三年に一度くらいは流行りの麻疹やおたふく風邪などをもらってきて、発熱することがあった。
熱慣れしていないせいか、少しの熱でも随分としんどかった。
でも、普段はあまり私に構ってくれる時間のない、三交代勤務の忙しい母が、
私を見てくれるのが、こそばゆくて、少し嬉しくて。
「どんなかね」
私の額を包む母の手のひらは、いつもひんやりと気持ちよかった。
「うん……ちょっと、えらい※」
「うーん……だいぶ下がったかね」
「お母ちゃん、手ぇ冷たい。気持ちええ~」
「手の冷たい人は、心が温かいんよ」
得意げに微笑む母。
「えぇ~」
疑いの眼を母に向けながら、やっぱり、少し嬉しくて。
母と手をつないだ記憶はない。
おそらく物心つく以前には手を引かれて歩いたこともあるのだろうが、
残念ながら私の中の母の手の記憶は、この、おでこに触れる冷たい手のひらがすべてだった。
※えらい:しんどい。疲れる。調子悪い。
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