Act.1

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「さすがに、昨日の今日だとお腹いっぱいだったかな。じゃあ」  照れ臭そうに笑い、稜サンはわたしに背を向けた。慣れないことに戸惑っていたわたしは慌てて彼の腕を掴んだ。 「ん?」と振り返った稜サンに口づける。朝からなんて贅沢なんだろう。 「いってらっしゃい」 「いってきます」  一瞬驚いた顔をしたけれど、彼はすぐ笑顔になった。  玄関のドアから頭だけ出し、エレベーターへ向かう彼を見送った。 「寒いからもういいよ」  って言われたけど、彼が見えなくなるまでじっと見ていた。  濃いグレーのスーツと濃紺の薄手のコートがよくお似合いで。普通にマネキンより格好良いと思うのですが。  昨日わたしが言ったことをいきなり実践してくれたんだと思うと嬉しくて、彼が行った後、玄関で小さく跳ねた。  出勤前は仕事のことを考えていることが多いみたいで、いつも表情はピリッとしている。仕事モードの真剣な顔も好きだけど、チュウしてと気軽に頼むのは気が引けて今まで言えなかった。  でも、今朝は稜サンからしてくれたんだし、これからは「いってらっしゃい」のチュウをしてもいいよってことだよね?  じゃあ「おかえりなさい」のチュウも? なんて妄想ばかりが膨らんでいく。 
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