伍.招かれざる客

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伍.招かれざる客

 真夜中の来客に、沢渡静司は狼狽えていた。 「何なんだ、アンタらは! こんな夜更けに失礼ではないかね」 「どーも、今晩は。沢渡さん家ってここだよね? 物怪退治に参りましたぁ。そんな訳で中、改めてもいいよね?」  長刀を天秤棒のように肩に担ぎ、へらへらと場違いなほど薄気味悪く笑う赤毛の男。彼の背後には、軍服姿が隊列を組んで整列している。沢渡の頬を汗が伝う。間違いなく、彼らは軍の人間だ。それも、口振りから察するに―― 「そ、そんな横暴がまかり通るとでも……」 「はぁ? オレに逆らうの? おかしいなぁ、濡羽サンは〈烏〉の言うことは絶対って言ってたんだけどなぁ、言うこと聞かないなら殺しちまうか」  男の目が野生動物の如き鋭い光を帯びる。沢渡の顔が瞬時に青褪め、一歩後退る。それを肯定と捉えたのか、男は無邪気な子供の笑みを浮かべる。 「雑魚なりに分別がいいの、嫌いじゃないぜ」  沢渡を押し退け、屋敷に土足を踏み入れた男の名は大牙。政府直属特務陰陽寮〈八咫烏〉特攻隊長である。  × × ×  客間の窓硝子が粉々に弾け飛んだ。同時に室内に雪崩れ込んでくる人、人、人。 「目標発見。捕捉」 「捕らえよ、滅せよ」 「物怪は全て滅ぼすべし」  ぎょろりと目玉を動かした彼らは、口々にそう唱えた。同じ軍服を纏い、一律に同じ動きを繰り返す様は、さながら予め設計された絡繰人形。人間とは思えぬ気味の悪さを覚える。 「〈八咫烏〉――!」  徹平は舌打ちした。厄介な連中が攻めてきたものだ。ちらりとゴローを見やる。少年の姿をした魔王は憮然と烏の群れを見据えていた。彼も心当たりはないらしい。しかし、物怪の相談に乗った以上、衝突は避けられないと徹平は悟っていた。 「な、何ですか貴方達は! この屋敷には病人もいるんですよ!」  泡を食って叫ぶ三俣に、軍服の男達が群がっていく。まるで死体を啄む烏だ。徹平の身体が咄嗟に動いていた。手にしたのは手荷物として持参した、鞘に納められたままの刀。一呼吸の間に闖入者全ての急所を的確に突き、薙ぎ倒していた。 「無駄だ、コイツらには何を言っても聞かない」  込み上げた嫌悪を吐き捨てた。ゴローが目を細める。 「この木偶共を知っているのか」 「あー、まあ……昔のよしみでちょっと、な」  特務陰陽寮〈八咫烏〉。表向きは内務省警保局図書課の所属であり、旧文化を取り締まるために組織された軍隊である。その実態は陰陽術を操る隊員から構成された組織で、彼らは何事も実力行使の軍事制圧で黙らせている。故に、人々からは畏怖の眼差しを浴びていた。 「そんなことより、コイツら兵卒に各個の意思はない。群れを率いてる親玉がいるはずだ。ソイツを叩く」 「待ってください、ゆかり様と静司様が……」 「親玉の捜索と平行して助けよう」  三俣は安堵の息を吐いた。彼がゆかりや静司に向ける親愛の情は本物だ。例えそれが歪に歪んでしまっているとしても。
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