epilogue

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反射的に振り向いた瞬間、思わず仰け反りそうになった。 経済界の第一線で活躍する雲の上の人――婚約者の父親であり自社の代表取締役会長でもある清宮当主がいたからだ。 『は、はい!』 美月は慌てて姿勢を正した。 皮膚が萎縮するような鋭い眼差しを真正面から向けられ、緊張で肌がざわめく。 『こんなことを訊くのもどうかと思うが、君は本当に浬でいいのかね?』 『へっ?』 予想外の一言に美月の目が瞬く。 意図せず素っ頓狂な声を出してしまった美月の反応が予想通りだったのか、義父になるだろう人は唇の端を吊り上げて意味深な笑みを浮かべている。 その様相が、息子が時折見せる笑い方とそっくりだったため、不躾ながらも凝然として見つめてしまった。 『結婚を考えている女性がいると打ち明けられたときは驚いたよ。まさかあのときの君だったとは』 どうりで必死になるわけだ、と愉快そうに呟く。その友好的な口調が自然と意識を集中させる。 一言一句を聞き逃さないとばかりに、美月は黙って耳を傾けた。 『我が息子ながら唖然としたよ。不屈の精神というか、物凄い執念だと。 浬は独善的なところがあるだろう? 一人で突っ走って無理やり君との婚約に持ち込んだんじゃないかと心配になってね』 苦笑を漏らして遠くを見遣ると、清宮当主は再び美月へ視線を戻した。 『誤解してほしくないんだが、私は君とのことを反対していたわけじゃない。 あの頃の浬はいたいけな若者で、私からしたら思慮浅いというか未熟者でね。家の問題から目を背けて好き勝手やっていただけに、どうしても認めることができなかった。 幾度となく突き返したんだが、それでも君との許しをもらうために何度も私のもとへやってきて必死に頭を下げてきたよ。まるでそうする術しか知らないみたいにね』 そのとき、清宮当主の流暢に動いていた口が閉ざされた。ほんの少し間を開けた後、口を開いて喋り出す。 『こんな顔もできるのかと、その真摯な姿勢には胸を打たれるものがあった。 だからその証拠に言ったんだ。彼女への想いが本気なら、“若さゆえの情熱ではなく、本物であることを証明しろ”とね。どんなに時間がかかってもいいから、私が納得できる誠意を見せてほしかったんだが、あいつはどうしようもない現実を突きつけられて怖気づいたのか、君を手放してしまった。まあ若造には荷が重すぎたってことだろうが、正直、あれだけ私に豪語しておいてその程度の気持ちだったのかとがっかりしたよ。 結局、あいつは情ではなく(ことわり)を取って清宮の家に戻ってきたんだと。……だが実際は逆だったようだ』 昔に思いを馳せるように、清宮当主は美月をじっと見つめる。 『浬が君を手放してしまった理由は、当時を振り返れば、父親として、同じ男としてもわかる。失って初めて気づく大切さや後悔も、忘れられない恋に執心する気持ちもね』 フッ、と彼は口角を上げる。 『浬は君の生き様を褒めていたよ。とても立派だと。君を尊敬しているとね。 ……今となっては、私もあいつの能力は認めている。 だがまだまだ半人前だ。どうか甘やかさないでやってほしい』 美月は胸が熱くなった。 彼は昔、父親は物事を合理的に考える人だと言っていた。でも本当は情に厚く、息子想いの人ではないかと思った。
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