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そしてその翌週、正式に二人の婚約が社内で発表された。
自社の御曹司が恋愛結婚、しかもそのお相手は名家のお嬢様ではなく一般家庭出身の専属秘書だというので社内中がその話題で持ちきりとなった。
社内のどこを歩いても注目の的になり、美形御曹司の心を射止めた相手女性は誰だと好奇の目が一斉に美月へ集中した。
だがもっとも大騒ぎとなったのは秘書課だ。
婚約発表当日の朝、どの部署よりも早く報告を受けた女性秘書たちは、瞬く間に面食らった顔つきになると驚愕の悲鳴を上げたのだ。
『えーっ、ウソッ、本当に!?』
『いつから付き合ってたの!?』
『藤澤ちゃん、どんどん可愛くなっていくから彼氏でもできたのかなって思ってたけど、まさか室長だったなんてっ』
直ちに輪をつくって美月を取り囲み、遠慮なく四方から質問攻めされるので収拾がつかない美月は、う、あ、としどろもどろになりながら視線をさまよわせる。
そんな美月を置いて大いに盛り上がる女性たちは好き勝手に自論を繰り広げていく。
『でも振り返ったら思い当たる節しかないかも。
藤澤ちゃんが専属秘書になってからトラブルとか全然ないし、専属秘書としての記録も更新してるし。
今までこんなに続いたことなんてなかったよね』
『たしかに。ていうか歓迎会に来る時点でちょっとおかしいなと思ってたんだよね。
ああいう宴会とか一番興味ない人じゃん? 出張の後だったしなおさらね……。
そっかー、藤澤ちゃん目当てだったのか。納得』
『室長もただの男だったんだねー。なんか人間臭くて安心した』
『す、すみません……驚かせてしまって……』
いたたまれない心境で縮こまっていると、嬉しさを爆発させる先輩秘書が抱きしめるように飛びついてきた。
『なんで謝るの! めちゃくちゃお似合い! ていうか室長に藤澤ちゃんはもったいなーいっ!』
結婚式呼んでね! と自分のことのように心から祝ってくれる先輩方を見て泣きそうになった。まさかお似合いだと言ってもらえるとは思ってもいなかったから。
またある先輩秘書は最近彼氏と別れて恋人募集中なのか、披露宴で若い殿方と素敵な出会いがあるかも! と早速目を輝かせて張り切っている。
そんな様子を微笑ましく見つめる川田は、美月の元へそっと歩み寄ると、聖母のように慈悲深い笑顔で祝福の声を贈った。
『おめでとう、藤澤さん。とてもお似合いよ』
『川田さん、ありがとうございます……』
川田から捧げられるお祝いの言葉は、特段胸に染みるものがあった。嬉しくて目の奥がツンとして、美月の瞳が自然と潤む。
その頃、婚約者の彼はというと、執務室で酒井に絡まれていた。
『おめでとうございます。よかったですねぇ、室長。
てっきり振られたのかと思っていたので安心しました。これからもさぞかし仕事に精が出ることでしょう』
『……余計なお世話だ』
付き合いが長く親交が深いからか、上司と部下の関係とはいえ二人はたまにこんなふうに砕けた口調で話すときがある。
いつもなら尊大な口調で反論する彼だが、このときばかりは酒井に歯が立たず、答えに詰まらせていた。
嬉しそうにからかいの声を含ませる部下の顔を、決まりが悪そうな、なんともいえない表情で見つめていた。
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